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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第四章 神の在処
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第四十話

 霧は完全になくなった。音もなく、しかし確かに、空気の密度が変わっていた。


 パレアが静かに息を呑む。ダインの隣で、雷の気配が細く震える。


 空間の中心——そこに、“それ”はいた。


 波打つような水の膜が重なり、流線形の巨躯が現れる。


 霧と水が剥がれるたびに、その姿が露わになっていく。


 それは鯨にも、蛇にも、猛禽類にも似ている。

 けれど、そのどれでもない。


「……ウ=クァリス。はるか昔、水のアポストルと神が、“敵”を排除する機能として生み出したヒュラテスに遺した、水獣」


 パレアが、その名を口にした。


 それは御伽話に語られる存在。今それと対峙している。


 ウ=クァリスの体表に、水が逆流する。


 体表の紋様が一つ一つ、発光を始めた。


 まるで、目覚めたばかりの意志が、自らの形を確かめるように。


「これが、完全な姿……!」


 パレアが呟く。


 ウ=クァリスの瞳が、動く。


 ダインを——まっすぐに、見た。


 怒りではない。


 憎しみでもない。


 ただ静かに、“排除するべき対象”を見定める眼差しだった。雷。闇。水ではない創霊力(アフレイタス)の持ち主を、ウ=クァリスは捕捉していた。


「……パレアさんを、こいつは襲わない。僕が一人で戦う」


 ダインが言った。


 彼の声に、恐れはなかった。


 それでも、確かに緊張は走っていた。


 パレアがすっと手を伸ばし、彼の肩に触れる。


「合わせて。水は流れ、雷は轟く。異なるはずのものが交わる時、世界は一瞬だけ、均衡を得るの」


 左腕を掲げる。


 術式が走る。水が空中に紋様を描き始める。


 「断章一番——【水脈交わりて、雷を導け】!」


 術式の中心から、渦のように雷の粒子が吸い寄せられ、ダインの創霊とパレアの水が、ひとつに重なる。


 螺旋が生まれた。


 空気が震え、地が鳴る。


 ウ=クァリスの足元にあたる水面が隆起し——


 それは、跳んだ。


 水を蹴り、雷を裂き、大気を割って。


 ウ=クァリスの巨体が、跳ねるようにして突進してきた。しなやかな筋肉と流線の鰭脚。音を置き去りにする速さ。その身にまとっていた霧が、爆ぜるように四方へ散る。


 「来る!」


 パレアが叫ぶより早く、神の獣が地を蹴った。

 圧倒的な質量と速度。空間そのものが打ち据えられるような衝撃。


 「ダイン、跳べ!」


 その声に応じて、ダインが雷を纏って跳躍する。


 刹那の間に、ウ=クァリスの前肢が庵を抉った。


 水と土が巻き上がり、巨大な水柱となって宙へ突き上がる。


 回避は成功——しかし次の一撃がすでに振りかぶられていた。


 「動きが……速すぎる……!」


 ただの獣じゃない。


 その身に宿る“秩序”の意志が、動作一つ一つに「意味」を持たせている。


 敵は、“守る”ために“殺す”ことを史上目的とした存在。


 「だったら、こっちも——!」


 雷が放たれる。


 踏み込みとともに、足元から稲妻が弾ける。


 一閃。


 雷光が尾を引きながら、ウ=クァリスの右前肢に直撃。


 だが、ひるまない。


 衝撃を流す。


 まるで水のように、力を分散させることで致命打を避けていた。


 「……っ、効いてるのに……」


 「通ってる。でも、足りない!」


 パレアが術を重ねる。

 雷の通り道を延ばすように、水が絡みつき、敵の“内側”へと侵入する。


——その瞬間、音もなく空気が破裂した。


 ウ=クァリスの喉奥から放たれたのは、音波ではない。


 “共鳴”だった。


 空間そのものが押し潰されるような、無音の衝撃波。


 ダインの足元が崩れる。


 咄嗟に闇の盾を展開する。


 だが、その盾ごと吹き飛ばされた。


 「ぐっ……!」


 背中から地に叩きつけられ、肺が悲鳴を上げる。


 視界が揺れ、パレアの姿が遠ざかる。


 そして、ウ=クァリスが跳躍した。


 “落ちてくる”。


 それはただの着地ではない。

 質量と意思を込めた、“終わらせる”ための攻撃。


 「式号十三番——【天を衝く、円環の逆転】!」


 パレアが手を伸ばす。術式が展開される。

 水の柱が空へ突き上がり、落下する神の巨体を逸らす。


 だが、着地の衝撃は避けられない。


 地が爆ぜる。


 大気が砕ける。

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