第三十九話
空気が変わっていた。
ウ=クァリスの霧が渦を巻きながら空間を満たす中、その中心に漆黒の波が生まれた。
ダインの足元から、静かに、それは立ち上がった。
炎ではない。雷の閃きでもない。
それは音もなく、光すら飲み込みながら、周囲に広がっていく。
パレアが振り返る。ダインの背に、黒い影が——否、力がまとわりついていた。
「……それは……」
彼女の声を遮るように、ウ=クァリスの霧が再び攻め寄せる。
だがその霧は、今までのように侵食してこなかった。
闇が、それを包み込んでいた。
怒りも、拒絶もなかった。
ただ、霧を包むように、抱き留めるように、闇が広がっていた。
「……この力」
ダインが呟いた。
その手のひらに、確かに感じる感触があった。
温度のない、けれど確かな応答。力を振るうというよりも、その存在を、そっと受け入れただけだった。
「破壊じゃない……これは、“流れを変える力”だ……」
彼の中に、何かが芽生え始めていた。
完全な理解ではない。けれど、否応なくわかってしまったのだ。
自分の中にあるこの力が、ただの異物でも呪いでもない。
“選ばれてしまったもの”であり、“託されたもの”であるということを。
ウ=クァリスの霧が去る。
神の獣の一部であったはずのそれが、いまはただ、静かに風へと還っていく。
パレアはその様子を見つめながら、静かに言った。
「……やっぱり、あなたは、見てるのね」
闇と水の間に均衡が生まれていた。
確かに“戦える”状況にはなった。そして、それはほんの一歩だけ、ダインを次の世界へと近づけていた。




