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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第四章 神の在処
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第三十七話


 霧の向こうで、水音が爆ぜた。


 何かが、足元からせり上がるような感覚――それは実際に水が湧いたのではない。


 空間そのものが、波打っていた。


 「くっ……!」


 パレアは庵の縁を飛び出し、外に広がる霧へと身を滑らせた。


 視界は白く、呼吸するだけで肺に湿気が溜まる。だが、それはただの水蒸気ではなかった。


 “意思”があった。


 生きている――この霧は、“何か”の一部なのだ。


 その中で、パレアは両手を広げ、水の気配を一点に集める。


 「式号十七番——【澱の目、開け】」


 低く、柔らかな水音が弾け、霧がその中心から弾かれる。


 その一瞬だけ、視界が晴れた。


 そして、そこに“それ”はいた。


 まだ完全な姿ではない。だが確かに、そこに存在している。


 水と霧の奔流が重なり合い、空間の一点に密集している。巨大な鯨のような輪郭、魚のような鱗、そして龍のような気高さ。


 けれどそのどれにも当てはまらない、“異質なもの”。


 「……やっぱり、あなたは“神”の近くにいた」


 パレアの目が細まる。


 霧の渦が応えるように動いた。鋭い圧が走る。大気が揺れ、霧がうねる。


 ウ=クァリスが“視た”のだ。


 パレアを、そして庵の奥——雷を携えた少年を。


 「来る……!」


 水が先に動いた。


 大地を這うようにして、冷たい奔流が一気に庵を目指して駆け上がる。


 パレアは即座に両腕を交差させ、式号を重ねた。


 「式号八番、二十一番——【波よ、選りて逸らせ、流れを堰き止める、逆巻く盾】!!」


 霧が割れ、水と水が激突する。


 庵を守る形で、青白い壁が立ち上がった。


 けれどそれは、一瞬しか持たなかった。


 盾の裏側から、霧が染み出すように侵食してくる。


 「……“守り”の術が、通じない……?」


 そのとき、扉が内側から開かれた。


 「パレアさんっ!」


 ダインが、庵の中から飛び出してきた。


 彼の視界に飛び込んだのは、波打つ霧と、その中心にうごめく“巨大な影”。


 脳が、本能的に理解する。


 それは、“生きた水”だった。


 そして、その水は——明確に、自分たちを“排除”しようとしている。


 「——これが、封印されていた……!」


 口にした瞬間、霧がざわりと揺れた。


 応えたのだ。


 “理解された”ことに、反応した。


 パレアが叫ぶ。


 「ダイン、下がって——それは、あなたじゃ止められない!」


 だが、霧はもう止まっていなかった。


 この“流れ”は、もう後戻りできない。


 霧が、ダインを包んだ。


 次の瞬間——


 視界が白に染まる。


 音が遠ざかる。重力が消える。


 そして、足元が崩れ——


 ダインは、“記憶の底”へと引き込まれていった。

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