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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第三章 水都を灼く
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第三十一話

 視界が晴れてゆく。爆心地にクレーターが生まれ、水が流れ込む。


 その中心に、立つ影。


 アドラスは、生きていた。


 鎧も、まだ形を保っている——が、半身が剥がれ、焦げ、砕けていた。


 胸当てが割れ、左肩の装甲が地に落ちている。

 露出した素肌が、血を滲ませながらも、なお熱を放っていた。


「……っ、まだ……!」


 ルリムが膝をつく。パレアも肩で息をしている。

 限界だった。術の余波だけで、肺が焼けるほどの空気が満ちている。


 その中で、アドラスは、笑った。


「やるじゃねえか」


 低く、熱を含んだ声だった。


「だが、体はまだ動く」


 彼の足が、ゆっくりと地を踏む。


「動くが……今日はこの辺で終いだ」


 パレアが、目を細めて睨む。


「……逃げるの?」


 「“引く”って言えよ、小娘。俺は戦士だ。引き際くらい、わきまえる」


 振り返ったアドラスの背中には、まだ熱があった。しかし、それはもはや敵意を感じさせるなかった。


 「今度は殺しに来る。……その時までに、もう一枚くらい、鎧を砕けるようになっとけ」


 風が吹いた。

 アドラスの身体が、熱風に乗って跳び上がる。

 霧の帳の中へ、その巨体が吸い込まれていくように、姿を消した。


 そして——


 沈黙が訪れた。


 誰も言葉を発せなかった。


 ただ、彼の去ったあとに残った、地に灼けついた焦げ跡と、砕けた氷の残骸が、ここが戦場だったことを物語っている。


 ダインが、ふらふらとルリムのもとへ駆け寄る。


 「ルリム……!」


 「……大丈夫。……でも、ちょっと疲れたかな」


 苦笑する彼女の額には、玉のような汗がにじんでいた。


 パレアもまた、濡れたフードを外して、そっと空を見上げた。


「……ギリギリだったわね。もし、あなたの氷が届かなかったら……」


 ルリムは答えず、ただ頷いた。


 その時。


 ダインは水音を耳にした。パレアはその顔を見て、笑ってダインの後ろを指差す。


「……?」


 パレアが指差した先、ヒュラテスに流れ込む河川の本流があった。どうどうと蓄えた水を吐き出す川。その音であった。


「ヒュラテスは枯れない。太古から。時を刻む音のように、常にせせらぎは私たちと共にある。灼かれた水も、やがて雲となり雨になって、この地へ還ってくる。ずっと、そうしてきた。これからもね」


 風はさっきまでとは裏腹に、冷たく、湿潤な空気を含んでいる。


 空も傾き、浮かんでいる紫の塊を燃えるような赤で囲っている。だが、暑さを感じることはないだろう。


 一雨、降りそうだ。


「一休み、しましょうか」


 ルリムがゆっくりを首を縦に振った。

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