第三十話
だが、その氷も、爆ぜた。
『灼域』に呑まれ、霧散する。
「……くっ」
後退するルリム。
拳は無事だったが、冷気の流れが寸断された。
「通らない……!?」
パレアの瞳が揺れる。
「式号一番、三番——【降りしきるは、形なき刃——この手のひらに、渦を宿せ】」
アドラスを囲うように複数の小さな渦が逆巻き、その中を水刃が高速で回転する。さながら移動するミキサーの集合体である。
しかし、アドラスはその場で静かに立っている。
熱量は凄まじく、水が鎧を傷付けることを許さない。
「『灼域』を前によく立っている方だ。褒めてやる。並の人間なら、向かい合うだけでひっくりかえっていく」
アドラスの声音に、熱が籠もった。
「だが、足りねえ。燃えるような戦いには」
大剣が振るわれる。
水刃が破裂音と共に吹き飛ばされ、熱風が襲い来る。
「きゃあ——!」
パレアが吹き飛ばされる。
詠唱すら呑まれそうな熱量。立っているだけで消耗する圧。
ルリムがパレアの前に飛び込む。
冷気が壁となり、ほんの一瞬、熱を遮った。
「……持たない……このままじゃ……!」
ダインの手の中で、雷が弾ける。
「どうすれば……どうすれば……!」
全てが、拒絶される。
雷も、水も、氷も。全てが届かず、焼かれてしまう。
それでも——
「まだ、終われない……!」
雷がダインの右腕を走る。未熟な、けれど少しずつ勢いを増していく、必死の閃光が地を裂く。
その雷は、アドラスの足元に走り、ほんの少しだけ、動きを止めさせた。
「っ、今……!」
パレアが地を踏み締める。
「ルリム、創霊力を、もっと上へ!」
「わかってるよ!」
氷が一気に沸き上がる。
パレアが詠唱する。
「式号十三番——【天を衝く、円環の逆転】」
水が昇る。
空へと。創霊力を伴った巨大な水柱が、ルリムの氷を飲み込みながら、空を覆っていく。
「これが、最後の一撃……!」
ルリムが、全身の冷気を天に掲げる。
空を覆うほどの水が、天へと昇った。
パレアの創霊術によって形成された巨大な円環が、まるで天蓋のように広がる。その中心に、ルリムの冷気が収束していく。熱が、音が、空気の振動すら静かに消えていく。
ダインはその光景を、ただ見つめていた。
自分の雷では何も届かない。
けれど、その力が今、ルリムとパレアの一撃を可能にする場を作っている。そう思えたからこそ、目を逸らさなかった。
氷と水と、空気と、意志がひとつに束ねられていく。
「——凍てつけ」
ルリムが、静かに囁いた。
そして、落ちた。
空が、落ちた。
天を覆っていた水と氷が一瞬で結晶化し、巨大な氷塊となって崩れ落ちる。
まるで空そのものが質量を得て、重力に引きずられたかのように。
灼熱の大地へ——空ごと、叩きつけられる。
アドラスが初めて、大剣を両手で構えた。
「面白え。受けて立つ」
彼の灼域が一気に拡大する。全方位に広がる熱の奔流。氷を迎撃するかのような本能の爆発。
だが、それでも。
氷塊が、アドラスを押し潰した。
地が震え、街の路地が崩れ、熱と冷気がぶつかり合って霧の竜巻が生まれる。視界が白と赤に染まり、風が鳴く。




