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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第三章 水都を灼く
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第二十九話

 ルリムの氷では歯が立たない。その言葉がダインの脳裏に浮かびだす。相性の問題だ。ルリムの創霊力(アフレイタス)は凄まじい。アドラスは超高熱を纏う『灼域しゃくいき』だけしか使っていない。だというのに、届かない。


 アドラスは消耗すらしていない様子だ。ダインは自分の非力さが、二人を「死」の結論に呼び込もうとしていると、考えないわけにはいかなかった。また、何もできない——


 その時だった。


「式号七番——【空より堕ちよ、千の雫】」


 詠唱と共に、上空から高圧の水弾がアドラスに降り注ぐ。熱で灼かれた地を、潤す。蒸気が上がり、視界がぼやけた一瞬の中、青銀の髪が舞う。


「……遅くなったわね」


 空気よりも涼やかな声が、大気の裂け目に流れ込んだ。


 パレア・ブラックブリッグ。


 その姿を見た瞬間、ダインは全身の緊張が一瞬だけ緩んだ気がした。


「パレア!」


 アドラスはフードの女に視線を向ける。

 炎の鎧に包まれた双眸が、彼女を見定めようとしている。


「新手……また“水”か。飽きもせずに湧いて出る」


「そう、湧くの。雨が流れる川を潤すように、巡り巡って」


 パレアは構えず、ただ指先を開く。

 その手の動きに連動するように、彼女の足元から複数の水輪が浮かび上がる。


「……これ以上、好き勝手に焼かせない。氷も、水も、ここに生きているのだから」


「生きているだと?」


 アドラスが笑った。低く、嘲るように。


「命があるなら、燃やす価値もある。俺の熱が、それを教えてやる」


 言い終わる前に、彼が踏み込む。

 灼域(しゃくいき)が前へと伸び、まるで大気ごと灼き尽くすような衝撃波が走る。


 だが、パレアはその場を動かない。


「式号八番——【波よ、選りて逸らせ】」


 さざなみが突如、パレアを包むように立ち現れ、激しく彼女の周囲をそれぞれ異なる方向へ拡がる。衝撃波をいなしながら、空間を斜めに交差して陣を描く。


「……ほう?」


 アドラスが口の端を吊り上げて笑う。パレアの描いた陣の中心に、ルリムの氷が流れ込んだ。


「……行ける?」


「一撃だけ、通す」


 目を合わせることなく放つパレアの言葉に、ルリムが頷く。氷が舞い、空気が凍る。ダインもまた、今度こそと雷を迸らせ、走り出す。


「うあああッ!」


 アドラスの背後に回り込み、目眩ましのように雷光を一閃させる。再びアドラスの視界が揺れた。しかし、衝撃は鎧の奥の肉体に、損傷を与えることはない。


「その程度じゃ俺は止まらん」


 アドラスが呟く。


 だが、ルリムは既に動いていた。


「式号九番——【さざ波は囁く、道を開けと】」


 パレアを囲っていた水流が裂ける。それは大砲のように形を変え、背後に気を取られたアドラスに標準を定めた。


「この一撃で——!」


 ルリムが生み出した槍状の氷塊が、パレアの水輪に導かれ、加速する。


 それは亜音速で射出されアドラスの胸へと届く——


 轟音。

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