第二十九話
ルリムの氷では歯が立たない。その言葉がダインの脳裏に浮かびだす。相性の問題だ。ルリムの創霊力は凄まじい。アドラスは超高熱を纏う『灼域』だけしか使っていない。だというのに、届かない。
アドラスは消耗すらしていない様子だ。ダインは自分の非力さが、二人を「死」の結論に呼び込もうとしていると、考えないわけにはいかなかった。また、何もできない——
その時だった。
「式号七番——【空より堕ちよ、千の雫】」
詠唱と共に、上空から高圧の水弾がアドラスに降り注ぐ。熱で灼かれた地を、潤す。蒸気が上がり、視界がぼやけた一瞬の中、青銀の髪が舞う。
「……遅くなったわね」
空気よりも涼やかな声が、大気の裂け目に流れ込んだ。
パレア・ブラックブリッグ。
その姿を見た瞬間、ダインは全身の緊張が一瞬だけ緩んだ気がした。
「パレア!」
アドラスはフードの女に視線を向ける。
炎の鎧に包まれた双眸が、彼女を見定めようとしている。
「新手……また“水”か。飽きもせずに湧いて出る」
「そう、湧くの。雨が流れる川を潤すように、巡り巡って」
パレアは構えず、ただ指先を開く。
その手の動きに連動するように、彼女の足元から複数の水輪が浮かび上がる。
「……これ以上、好き勝手に焼かせない。氷も、水も、ここに生きているのだから」
「生きているだと?」
アドラスが笑った。低く、嘲るように。
「命があるなら、燃やす価値もある。俺の熱が、それを教えてやる」
言い終わる前に、彼が踏み込む。
灼域が前へと伸び、まるで大気ごと灼き尽くすような衝撃波が走る。
だが、パレアはその場を動かない。
「式号八番——【波よ、選りて逸らせ】」
漣が突如、パレアを包むように立ち現れ、激しく彼女の周囲をそれぞれ異なる方向へ拡がる。衝撃波をいなしながら、空間を斜めに交差して陣を描く。
「……ほう?」
アドラスが口の端を吊り上げて笑う。パレアの描いた陣の中心に、ルリムの氷が流れ込んだ。
「……行ける?」
「一撃だけ、通す」
目を合わせることなく放つパレアの言葉に、ルリムが頷く。氷が舞い、空気が凍る。ダインもまた、今度こそと雷を迸らせ、走り出す。
「うあああッ!」
アドラスの背後に回り込み、目眩ましのように雷光を一閃させる。再びアドラスの視界が揺れた。しかし、衝撃は鎧の奥の肉体に、損傷を与えることはない。
「その程度じゃ俺は止まらん」
アドラスが呟く。
だが、ルリムは既に動いていた。
「式号九番——【さざ波は囁く、道を開けと】」
パレアを囲っていた水流が裂ける。それは大砲のように形を変え、背後に気を取られたアドラスに標準を定めた。
「この一撃で——!」
ルリムが生み出した槍状の氷塊が、パレアの水輪に導かれ、加速する。
それは亜音速で射出されアドラスの胸へと届く——
轟音。




