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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第三章 水都を灼く
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第二十八話

 逃げ場のない熱量が、街を包んでいた。

 名を知らずとも、そこに立つだけでわかる。圧倒的な存在感。


「ダイン、ナヴィス。下がって」


 ルリムが静かに口にするその声に従い、ナヴィスは物陰へと飛び退く。しかし、ダインはそこから動かなかった。


「僕も、戦う……!」


「!? ダメ、危険——」


 言い終わるのを待たず、アドラスが地を蹴った。

 その一歩で乾き切った水底が爆ぜる。

 巨体とは思えないほどの速度。視認した瞬間には、彼の大剣がルリムの目前にあった。


「ッ……!」


 氷の盾が瞬時に展開される。

 だが、熱量が違いすぎた。盾は焼けることすら許されず、消滅した。


 反射的に後ろに飛び退ったルリムは、左足で氷杭を生成、そのままアドラスの足元を狙って突き出す。


「……効けッ!」


 氷杭が足首を貫こうとする。


——が、ゴウ、と音を立てて蒸気が吹き上がる。アドラスの灼熱が、杭ごと“焼いた”。


「詠唱を一切しないというのは本当らしいな。だが、こんなものか」



 淡々とした声音。だが、そこには明確な断絶があった。お前の力では届かないという、動かぬ実力の壁。


「——ッ!」


 ルリムは手を眼前に開いて見せる。

 次の瞬間、空中に氷塊をいくつも展開させ、それを散弾のように放つ。握り拳大の氷が周囲を舞い、視界と空気を凍結に導く。


 だが。


「甘い」


 大剣が薙がれる。

 熱が空間ごとねじ曲げ、粒子が霧散する。


「く……っ!」


 反撃の隙すら与えられない。

 この熱は、単なる温度ではない。断絶だ。創霊力(アフレイタス)すら否定するような、無慈悲さだ。


「ルリム!」


 ダインが右手に雷を走らせたまま前に突き出す。その雷光が、アドラスの目を一瞬だけ遮る。


「っあああっ!」


 雷の疾走がアドラスへ殺到する。しかし、アドラスは腕一本で受け止めた。衝撃が飛散する。


「……未熟だな」


 たった一言。


 アドラスの大剣が振るわれ、ダインの胴体を捉える。ルリムが間に氷の盾を生成するが、守るに至らない。ダインは衝撃で吹き飛ばされ、地を跳ねる。


「ぐっ……!」


 血の味が口の中に広がる。悔しい。力になれない。言葉にならない無力感に苛まれる。


 でも、


「……っ、まだ……!」


 立ち上がろうとした瞬間、アドラスが再び歩を進める。その手にある大剣が、熱を放ちながら僅かに唸った。


「さて、氷の女。次はお前だ」


 言葉が終わると同時に、また一歩、二歩。

 ルリムの視界に、殺気が迫る。


 彼女は深く息を吸った。


「……甘く見るな」


 地面が凍り始める。

 ルリムが両手を掲げると、空気中の水分が一気に氷となって舞い上がった。


「貫け……!」


 天から降るような無数の氷柱が、アドラスの頭上に落ちてくる。

 中空からの落下加速を利用した、重力斬撃。


 だがアドラスは、それを受け止めた。


 まるで、散歩中に雨に当たった程度の顔で、肩をすくめる。


「分からねえか? 冷たいだけでは、俺の『灼域(しゃくいき』には届かん」

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