第二十八話
逃げ場のない熱量が、街を包んでいた。
名を知らずとも、そこに立つだけでわかる。圧倒的な存在感。
「ダイン、ナヴィス。下がって」
ルリムが静かに口にするその声に従い、ナヴィスは物陰へと飛び退く。しかし、ダインはそこから動かなかった。
「僕も、戦う……!」
「!? ダメ、危険——」
言い終わるのを待たず、アドラスが地を蹴った。
その一歩で乾き切った水底が爆ぜる。
巨体とは思えないほどの速度。視認した瞬間には、彼の大剣がルリムの目前にあった。
「ッ……!」
氷の盾が瞬時に展開される。
だが、熱量が違いすぎた。盾は焼けることすら許されず、消滅した。
反射的に後ろに飛び退ったルリムは、左足で氷杭を生成、そのままアドラスの足元を狙って突き出す。
「……効けッ!」
氷杭が足首を貫こうとする。
——が、ゴウ、と音を立てて蒸気が吹き上がる。アドラスの灼熱が、杭ごと“焼いた”。
「詠唱を一切しないというのは本当らしいな。だが、こんなものか」
淡々とした声音。だが、そこには明確な断絶があった。お前の力では届かないという、動かぬ実力の壁。
「——ッ!」
ルリムは手を眼前に開いて見せる。
次の瞬間、空中に氷塊をいくつも展開させ、それを散弾のように放つ。握り拳大の氷が周囲を舞い、視界と空気を凍結に導く。
だが。
「甘い」
大剣が薙がれる。
熱が空間ごとねじ曲げ、粒子が霧散する。
「く……っ!」
反撃の隙すら与えられない。
この熱は、単なる温度ではない。断絶だ。創霊力すら否定するような、無慈悲さだ。
「ルリム!」
ダインが右手に雷を走らせたまま前に突き出す。その雷光が、アドラスの目を一瞬だけ遮る。
「っあああっ!」
雷の疾走がアドラスへ殺到する。しかし、アドラスは腕一本で受け止めた。衝撃が飛散する。
「……未熟だな」
たった一言。
アドラスの大剣が振るわれ、ダインの胴体を捉える。ルリムが間に氷の盾を生成するが、守るに至らない。ダインは衝撃で吹き飛ばされ、地を跳ねる。
「ぐっ……!」
血の味が口の中に広がる。悔しい。力になれない。言葉にならない無力感に苛まれる。
でも、
「……っ、まだ……!」
立ち上がろうとした瞬間、アドラスが再び歩を進める。その手にある大剣が、熱を放ちながら僅かに唸った。
「さて、氷の女。次はお前だ」
言葉が終わると同時に、また一歩、二歩。
ルリムの視界に、殺気が迫る。
彼女は深く息を吸った。
「……甘く見るな」
地面が凍り始める。
ルリムが両手を掲げると、空気中の水分が一気に氷となって舞い上がった。
「貫け……!」
天から降るような無数の氷柱が、アドラスの頭上に落ちてくる。
中空からの落下加速を利用した、重力斬撃。
だがアドラスは、それを受け止めた。
まるで、散歩中に雨に当たった程度の顔で、肩をすくめる。
「分からねえか? 冷たいだけでは、俺の『灼域』には届かん」




