第二十四話
地下の水路は、想像以上に広大だった。
水はゆるやかに流れているはずなのに、その音はほとんど聞こえない。まるでこの場所そのものが“音”を飲み込んでしまうかのように。
「ここは……?」
ダインが尋ねると、ナヴィスは歩みを緩めずに答えた。
「治水院によって“封鎖”された水路です。かつて都を潤していた主動脈……今は“止められた流れ”の名残」
その言葉に、ルリムが静かに息を呑む。
「動く水を止めるなんて……ヒュラテスの流れに逆らう行為じゃないの?」
ナヴィスは少しだけ振り返り、目を伏せるように微笑した。
「だからこそ“沈めた”んです。誰の目にもつかぬよう、誰の記憶にも残らぬように。
——ここは、ヒュラテスという国が“見なかったことにした”場所」
ふと、背後の水面が微かに震えた気がした。
振り向いても、そこにはただ、ゆらぎのない闇と水面が広がっているだけ。
けれどその一瞬、僕の心臓はぎゅっと締めつけられた。
“見られている”。
確かに、そんな感覚がした。
ナヴィスは足を止め、小さな扉を開く。そこは、まるで神殿のような円形の広間だった。中央には封じられた水盆と、古びた石柱群。
「この場所は……?」
「治水院によって管理される“信仰封印域”のひとつ。……本来、信仰を集める場だったのです。」
「治水院……?」
ダインが尋ねる。
「230年前、件の戦争で降伏したヒュラテスは、グラヌスクの実効支配を受けることになりました。法的機関として設けられたのが治水院です。軍部の人間が上層部に置かれていて、ヒュラテスの自由を奪ったのです」
「だからこの国は……こんなに……」
ルリムは唇を噛んだ。
「この場所もその時に閉じられた場所。何を、なぜ、閉じたのか……それを知る者は、治水院の中にも、もう多くは残っていないでしょう」
僕たちが踏み入れると、足元の水がぴちゃりと鳴った。その音が、異様なほど響いた。
「この場所、何かがおかしい」
ルリムがぽつりとつぶやいた。氷の創霊力が、彼女の周囲の空気を微かに震わせている。
そしてそのとき——
水盆の中で、水がひとりでに“上下逆転”した。
まるで、見えない何かが水面の内側からこちらを見返したように。
ダインは反射的に後ずさった。冷や汗が背筋を伝う。ナヴィスはそれでも動じず、静かに水盆の前に立った。
「……この場所の封印は、最近わずかに“緩み”はじめているのです」
彼の声に、今だけは恐れが浮かんでいた。
「きっと、何かが——呼び覚まされようとしている」




