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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第三章 水都を灼く
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第二十四話

 地下の水路は、想像以上に広大だった。

 水はゆるやかに流れているはずなのに、その音はほとんど聞こえない。まるでこの場所そのものが“音”を飲み込んでしまうかのように。


「ここは……?」


 ダインが尋ねると、ナヴィスは歩みを緩めずに答えた。


「治水院によって“封鎖”された水路です。かつて都を潤していた主動脈……今は“止められた流れ”の名残」


 その言葉に、ルリムが静かに息を呑む。


「動く水を止めるなんて……ヒュラテスの流れに逆らう行為じゃないの?」


 ナヴィスは少しだけ振り返り、目を伏せるように微笑した。


「だからこそ“沈めた”んです。誰の目にもつかぬよう、誰の記憶にも残らぬように。

 ——ここは、ヒュラテスという国が“見なかったことにした”場所」


 ふと、背後の水面が微かに震えた気がした。

 振り向いても、そこにはただ、ゆらぎのない闇と水面が広がっているだけ。


 けれどその一瞬、僕の心臓はぎゅっと締めつけられた。


 “見られている”。


 確かに、そんな感覚がした。


 ナヴィスは足を止め、小さな扉を開く。そこは、まるで神殿のような円形の広間だった。中央には封じられた水盆と、古びた石柱群。


「この場所は……?」


「治水院によって管理される“信仰封印域”のひとつ。……本来、信仰を集める場だったのです。」


「治水院……?」


 ダインが尋ねる。


「230年前、件の戦争で降伏したヒュラテスは、グラヌスクの実効支配を受けることになりました。法的機関として設けられたのが治水院です。軍部の人間が上層部に置かれていて、ヒュラテスの自由を奪ったのです」


「だからこの国は……こんなに……」


 ルリムは唇を噛んだ。


 

「この場所もその時に閉じられた場所。何を、なぜ、閉じたのか……それを知る者は、治水院の中にも、もう多くは残っていないでしょう」


 僕たちが踏み入れると、足元の水がぴちゃりと鳴った。その音が、異様なほど響いた。


「この場所、何かがおかしい」


 ルリムがぽつりとつぶやいた。氷の創霊力が、彼女の周囲の空気を微かに震わせている。


 そしてそのとき——


 水盆の中で、水がひとりでに“上下逆転”した。

 まるで、見えない何かが水面の内側からこちらを見返したように。


 ダインは反射的に後ずさった。冷や汗が背筋を伝う。ナヴィスはそれでも動じず、静かに水盆の前に立った。


「……この場所の封印は、最近わずかに“緩み”はじめているのです」


 彼の声に、今だけは恐れが浮かんでいた。


「きっと、何かが——呼び覚まされようとしている」

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