第二十二話
「この先です」
橋をいくつか渡り、広場を抜け、階段を下っていく。やがて見えた簡素な門の前で立ち止まると、そう男は言った。
促されるまま抜けると、入り口からは想像しえない大きい空間に出た。足元には小さな水路が流れ、壁をなぞるように池がある。二人はまっすぐ進んだ。
奥の広間。その中央には豪奢な噴水が空間を彩っていた。そばには、水盆がひとつ。揺らめく水面に、波紋がひとつ走った。
「……あら。雷と氷が、手を携えて門を越えるなんて。これはまた、水運の妙というべきかしら」
声と共に、ひとりの女性が静かに姿を現す。
深い藍の装束に、水流の刺繍。青銀の髪をなびかせて立つその姿は、まるで“水”そのものが形を成したようだった。
「お初にお目にかかるわ、名もなき訪問者たち。
わたくしはパレア・ブラックブリッグ。名は古くとも、いまはただ、“水の帳”を守るひとりに過ぎません」
ダインは言葉を失ったまま、ただ立ち尽くす。
彼女の存在感に圧されているわけじゃない。けれど、心の奥を揺らす“何か”があった。彼女は流れるような所作で水盆の縁に手を添えると、瞳をこちらに向けた。
「さて、“記録されざる訪問者”よ。あなたが歩んだ道を、あなたの声で語ってみせて。この都が、まだ澱まずに在るかどうか、確かめるためにも」
ダインは、ほんの少しだけ間を置いた。
目の前の彼女が何者で、何を知っているのか、まだほとんどわからない。でも、その眼差しが、決して試すものではなく、聞くためのものだと、そう感じたから。
「……僕は、ダインといいます。グラヌスクの外れにある村で生まれました。覚醒の儀の日、雷の力が……現れて。けど、それを理由に、僕は“異端”として追われるようになったんです」
言いながら、自分の声が少し震えているのがわかった。
「誰にも理由を教えてもらえなかった。ただ力があるってだけで。そして……夜に、氷の洞窟で、ルリムに出会った。あれは……偶然じゃなかったと思ってます」
隣のルリムが、少しだけダインを見て、それからパレアへ目を向ける。
「だから、逃げてきたんじゃなくて……信じて来たんです。トマス司祭が、あなたを“頼れ”って言ったから」
言い終えると、鼓動がやけにうるさく響いていた。
パレアは水盆に視線を落としたまま、微笑を浮かべる。
「……雷は裂き、氷は閉ざす。けれど、あなたの言葉には“つなぐ意志”があるわね。それは、この都が長らく忘れていた、かつての“流れ”」
パレアが水盆の上にそっと手をかざすと、波紋が広がった。
「グラヌスクに首輪を巻かれたもの。神に選ばれなかったもの。そのすべてを“沈める”ことで、都は均衡を保ってきた。でも、それに抗ってあなたたちは浮かび上がろうとしている。ならば、こちらにも応じる義務があるというもの」
言葉のひとつひとつが、水滴のように静かに落ちてくる。けれど、しっかりとダインの胸の中に沈んでいった。
「雷と氷の子たち。このヒュラテスの“静けさの奥”を、あなたがた自身の目で見届けて。この都の水底に、まだ鼓動があるのかどうか」




