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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第三章 水都を灼く
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第二十二話

「この先です」


 橋をいくつか渡り、広場を抜け、階段を下っていく。やがて見えた簡素な門の前で立ち止まると、そう男は言った。

 促されるまま抜けると、入り口からは想像しえない大きい空間に出た。足元には小さな水路が流れ、壁をなぞるように池がある。二人はまっすぐ進んだ。

 奥の広間。その中央には豪奢な噴水が空間を彩っていた。そばには、水盆がひとつ。揺らめく水面に、波紋がひとつ走った。


「……あら。雷と氷が、手を携えて門を越えるなんて。これはまた、水運みずのめぐりの妙というべきかしら」


 声と共に、ひとりの女性が静かに姿を現す。


 深い藍の装束に、水流の刺繍。青銀の髪をなびかせて立つその姿は、まるで“水”そのものが形を成したようだった。


「お初にお目にかかるわ、名もなき訪問者たち。

 わたくしはパレア・ブラックブリッグ。名は古くとも、いまはただ、“水のとばり”を守るひとりに過ぎません」


 ダインは言葉を失ったまま、ただ立ち尽くす。

 彼女の存在感に圧されているわけじゃない。けれど、心の奥を揺らす“何か”があった。彼女は流れるような所作で水盆の縁に手を添えると、瞳をこちらに向けた。


「さて、“記録されざる訪問者”よ。あなたが歩んだ道を、あなたの声で語ってみせて。この都が、まだ澱まずに在るかどうか、確かめるためにも」


 ダインは、ほんの少しだけ間を置いた。


 目の前の彼女が何者で、何を知っているのか、まだほとんどわからない。でも、その眼差しが、決して試すものではなく、聞くためのものだと、そう感じたから。


「……僕は、ダインといいます。グラヌスクの外れにある村で生まれました。覚醒の儀の日、雷の力が……現れて。けど、それを理由に、僕は“異端”として追われるようになったんです」


 言いながら、自分の声が少し震えているのがわかった。


「誰にも理由を教えてもらえなかった。ただ力があるってだけで。そして……夜に、氷の洞窟で、ルリムに出会った。あれは……偶然じゃなかったと思ってます」


 隣のルリムが、少しだけダインを見て、それからパレアへ目を向ける。


「だから、逃げてきたんじゃなくて……信じて来たんです。トマス司祭が、あなたを“頼れ”って言ったから」


 言い終えると、鼓動がやけにうるさく響いていた。


 パレアは水盆に視線を落としたまま、微笑を浮かべる。


「……雷は裂き、氷は閉ざす。けれど、あなたの言葉には“つなぐ意志”があるわね。それは、この都が長らく忘れていた、かつての“流れ”」


 パレアが水盆の上にそっと手をかざすと、波紋が広がった。


「グラヌスクに首輪を巻かれたもの。神に選ばれなかったもの。そのすべてを“沈める”ことで、都は均衡を保ってきた。でも、それに抗ってあなたたちは浮かび上がろうとしている。ならば、こちらにも応じる義務があるというもの」


 言葉のひとつひとつが、水滴のように静かに落ちてくる。けれど、しっかりとダインの胸の中に沈んでいった。


「雷と氷の子たち。このヒュラテスの“静けさの奥”を、あなたがた自身の目で見届けて。この都の水底に、まだ鼓動があるのかどうか」

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