第十八話
ダインはその音に耳を澄ませた。水音。風に乗って届くその響きは、まるで彼らの足元を導くようだった。
「……川の音だ。地図通りなら、もうすぐ“渡し場”が見えてくるはず」
ダインが言うと、ルリムもまた顔を上げ、遠くを見やった。
「この道を選んで正解だったということだねえ。静かすぎるのは少し不気味だけど」
「カーターたちも、さすがに旧道までは読んでないといいけど」
不安を滲ませるダインに、ルリムはそっと微笑んだ。
「信じよう。君の選択を」
それは、彼女なりの励ましだった。氷のように透き通った瞳に映る景色は、ほんの少しだけ、柔らかい。
やがて木々の間に、ぽっかりと開けた空間が現れた。小さな渓流が、山の斜面を縫うように流れている。古びた吊り橋がかろうじて架かっており、その足元には苔がむし、綻びかけた縄が風に揺れていた。
「ここが……“グレイドの渡し”」
ダインが口にした途端、どこかで枝を踏む音がした。
ふたりは同時に身構えた。
「「……!」」
視線を交わす。森の奥から、微かに気配。風が止んだ。
「まさか……追手?」
「まだ見えないけど、気を抜かない方がいい」
ルリムの声は低い。指先には微かに冷気が集まり、彼女の足元の地面がうっすらと霜を帯びる。
だが、音はそれきりだった。
しばらくの沈黙ののち、ダインが言う。
「急ごう。立ち止まってられない」
「うん。でも、私が先に行く。君が落ちたら、大変だからね」
「え、落ちる前提!?」
小さく笑って、ルリムは先に吊り橋へと足を踏み出した。板の軋む音。風に揺れるロープ。足元を流れる清流が、太陽を反射してきらめく。
ダインはその背を追いながら、ふと胸の奥で脈打つ何かを感じていた。
ただ、逃げているわけじゃない。進んでいる。その実感が、確かにあった。