第十三話
霧が深い森の中を、カーターは無言で歩いていた。背後には数名の騎士たちが続く。皆、誰も言葉を発しなかった。
「……あれが、雷の創霊力ですか」
最初に口を開いたのは、まだ若い兵士。カーターは足を止めず、短く答える。
「ああ。間違いない。素質だけなら、かなりのものだ」
「でも、あんな暴走寸前の状態で……制御もろくにできてないのに、どうしてあの場で仕留めなかったんです?」
問いは真っ当だった。
——だが、あの一撃。
あの雷のうねりは、確かに自分を貫こうとしていた。しかしそれ以上に、彼の中に渦巻いていたのは、明確に殺意ではなく、“守ろうとする意志”だった。
「……あれは、守るためにふるった力だ。その持ちうる力に怯えてすらいた。そんな奴を“処分”する対象とは、俺は……」
この甘さが、上に知られたら即座に咎められるだろう。だが、そう思えば思うほど、ダインという名の少年の姿が、頭から離れなかった。
雷の創霊力。グラヌスクで野放しにあってはいけないもの。しかも、明らかに規格外の存在。間違いなく“処分”対象だ。この国にとって。
カーターは唇を噛んだ。
「正義」とは何か。
自分がこの槍を振るって守るべきものは、何なのか。答えのない問いが、足元の落ち葉を踏みしめるたび、音を立てて深く沈んでいく。
「カーター隊長、どうします? 本部に報告を?」
「いや……まだだ。報告は遅らせる」
「……えっ?」
部下たちが一斉に顔を上げる。
カーターは振り返らず、前を見据えたまま言った。
「もう少しだけ、俺たちの判断で追う。彼が“敵”かどうか、それは……この目で決めたい」
霧の奥で、雷の残り香がまだ燻っていた。
そしてその向こうには、確かに「何かを変え得る」存在がいた。