第十二話
少年の槍が突き出される。炎が旋回し、空気を灼く。それに対して、ダインの雷は——本能のままに蠢き、暴れる。
意志ではなく、怒りと恐怖と焦り。それらが混ざり合い、光が制御を離れ始めていた。
「——っ、制御が……!」
彼の周囲の木々に、バチバチと火花が移る。枝が焼け、葉が散り、雷が自らを伝導して拡がっていく。まるで、傷ついた獣のようだった。
少年は眉をひそめ、一歩退く。
「……このままじゃ、お前が壊れるぞ」
「分かってる……でも、止まらない……!」
ダインの瞳は震えていた。
体の奥からせり上がる「何か」が、意識を奪おうとしている。目の前が歪む。音が遠のく。手が、勝手に力を集めようとしている。
——そのとき。
ふわりと、冷たい手が、ダインの肩に触れた。
「ありがとう。少年」
背中から聞こえる、静かな声。振り返らずとも分かる。彼女の手から、ほんのわずかに冷気が流れ込んでくる。雷の暴走を、優しく包み込むように抑えていく。
その感触は、まるで——
氷が、水に還る瞬間のように穏やかだった。
ダインと少年を隔てるように、地、獣の牙を思わせる氷柱が突如として現れた。見慣れない力に敵兵たちにざわめきが生じる。
「君は、力に呑まれてなんかいない。ただ、焦ってるだけ」
少女の言葉に、ダインの呼吸が戻る。雷光が静まり、波が、足元へと収束していく。
「……ごめん。僕……」
「謝らなくていいよ。ちゃんと、戻ってきたから」
その会話の間も、対峙する少年は動かない。
敵意はまだ感じるが、氷柱の向こうに光る、切れ長の目には迷いが差していた。
「報告には聞いていたが、ここまでとは。御伽話の世界だな……雷と、氷の創霊力……」
呟くように言ったあと、彼は槍を引いた。
「……どうして」
ダインの問いを遮るように少年は口を開いた。
「雷の。お前、名前は?」
「……ダイン。ダイン・アルゴール」
「ダインか。その名前、確かに覚えた」
少年の烈しい熱量は冷めやり、穏やかな声が飛んでくる。
「このまま戦えば部下に死人が出る。それだけは避けたいからな。俺はカーター・アウグスト。いずれまた会うだろう」
そして振り返り、霧の中へと消えていく。
カーターの背中には、決して敵と侮れない強さと、どこか清廉な意志が滲んでいた。
残されたダインとルリムは、しばらくその場に立ち尽くしていた。風が木々を揺らし、戦いの余韻を、静かに攫っていく。