第十話
少女の呟きに、ダインは目を見開いた。騎士たちは再び同じ詠唱を一斉に始めている。今度あの矢が飛んできたら、間違いなく格好の的だ。時間はない。
「僕が……?」
「そう。君の秘めている力は、きっとこの状況を覆す。私にはわかるよ」
その声は妙に真っ直ぐで、責任を押しつけるものではなかった。ただ「信じている」と言われているような、そんな響きだった。
「でも、僕は……」
「「怖がるなダイン。お前の中の“それ”は、敵じゃない」」
ダインの言葉を塞ぐように、耳元で聞き慣れた声がした。周りには少女の他、誰もいない。敵はトドメを刺すつもりなのだろう。赤く輝く矢が宙を舞う。その瞬間、ダインの中で何かが弾けた。
轟、と音がした。
燃え盛る炎とは全く違う。地面を揺らし、天井の氷柱を震わせる、雷鳴のような音。いや、それは彼自身の心の内で鳴った音かもしれない。
ダインの足元を光が走った。それは地を這い、天を貫き、何もかもをかき消すように弾けた。
「——ッ!? 創霊力確認!」
騎士の一人が叫ぶが、その声はかき消された。
ダインはまだ何をしたのか分かっていなかった。ただ、気づいた時には彼の掌から奔る雷光が、空間を裂いて、目前の炎を弾き飛ばすようにのたうっていた。衝撃で氷柱や、天井の岩が落下し、激しい土煙が一帯を覆い尽くす。
ダインは膝をつき、肩で息をした。少女の細い声がする。
「君、今の……」
「分からない。でも、今は……逃げなきゃ」
少女は状況を察して頷き、指をくい、と動かしてみせる。すると、先刻まで少女が氷漬けになっていた場所の床がボロボロと剥がれ落ち、深い亀裂が顔を覗かせた。
「この先を行けば、外へ抜けられるかもしれない」
「そんなものが?」
「私が凍る前の話だから、塞がってなければいいんだけれど」
迷っている暇はなかった。ダインは脱力感に苛まされる体に鞭を打って亀裂に飛び込もうとする。
「すまないけれど、私も連れて行ってくれないかい?」
振り返ると、少女はダインに押し倒されたきり、寝転がったままだった。慌てて駆け寄り、必死に背負う。少女は驚くほど軽くて、また驚くほど冷たかった。
「すまないね、ちょっと冷たいかもしれない」
二人はそのまま凍りついた亀裂の中を滑り、幾つかの断崖を飛び越えながら進む。崩落しかけた階段の向こうにようやく外の光が見え始めた。
追手は——すぐそこまで迫っている。