第3話 藤井の過去
「先生!! 急患です!! 警察署内で人に嚙まれたそうです。肩の肉がえぐれているようです」
高井は看護師の声で起きた。昼間のオペが長くなり、疲れてうとうとしていたのだ。
「分かった。今、行くよ。それで患者の容態は?」
「意識はありますが、パニックになっています。先ほど鎮静剤を打って落ち着かせました」
「それで良いよ」
そう言って、高井は救急搬送された患者のもとに向かった。
緊急治療室にはいると、患者が横たわっていた。年齢は50歳くらいか。警察官の制服を着ているが右肩のところが血だらけである。
「まずは服を脱がせて、患部を確認する」
異様な傷口であったが、これくらいの手術は別に難しいわけではない。傷口を消毒し縫合したら終わりだ。心拍数なども安定している。
「これで終わりだ。特にひどいものではないので、数日間、一般病棟で入院させておきなさい」
看護師に指示をし、自分の部屋へと戻った。
ピコン。藤井は泉からのラインを見ていた。
『了解。また連絡するから今度飲みに行こう』
あいつも忙しい奴だな。刑事なんかになるからだ。刑事は350日は仕事しているようなものだ。当時、俺は刑事だけはなりたくないと思っていた。
藤井は警察官一家の家庭に生まれた。祖父、父ともに警察官だった。祖父は交番のお巡りさんを長年勤めていたが定年年前に交通事故で亡くなった。藤井が五歳のときである。優しくユーモアのある祖父のことが藤井は好きだった。
父はそんな祖父とは違い、国家一種のキャリア組である。今は警察庁の刑事局長だ。昔から単身赴任で家にはいなかったが、厳しく暴力も振るうこともあり、藤井は好きではなかった。高校を卒業し、藤井が警察官になったときもノンキャリアがと鼻で笑い、警察学校の卒業式にも来てくれなかった。だから、警察を辞める時も何も言われなかった。というか、もう二十年は会っていない。
藤井は自宅のベットの上で、携帯に映る子供の写真を見ていた。
ピコン。ラインがきた。子供からだ。
『お父さん何してるの?来月は私の誕生日だよ。忘れてないよね?一緒に選びたいから、来週の日曜日買い物に行こうね』
上の娘からだ。上の娘は亜希で12歳の小学6年生。下の息子は圭太10歳、小学4年生だ。本当に二人ともかわいい。離婚したのが三年前なので、二人とも小さかったので苦労をかけてしまった。
離婚するのも早かった。俺が警察の不祥事の濡れ衣を着せられているときは、「大丈夫よ。あなたのことは信じているから。」と言ってくれていたのに、依願退職を強要され退職した後は、「どうやって食べていくの。子供二人もいるのよ。」と浴びせられる毎日だった。離婚調停はせずに示談で終わらした。二カ月に一回は子供と合わせてくれる約束をしてくれたからだ。しかし、養育費はしっかりと二十万は取られている。
藤井は離婚した後は、持ち前の運動神経でジムのトレーナーをやるが長続きせず、そんな時に知り合った電気工事会社に勤めている大坂さんが会社に誘ってくれた。大坂さんは、太田の勤める会社の専務だ。今は、その電気工事会社から独立し、一人親方になっているが、今でも俺のことを心配してくれている命の恩人だ。
『オッケー。日曜日は現場ないから良いよ。店はどこにする?アリオで良いかい?』送信
ピコン。
『分かった。アリオにちょうどほしいものがあったんだ。圭太も一緒に行くね』
誕生日プレゼントを買うということで、いつもより早いスパンで子供に会えるのがこの時期の良いことだ。そう思いながら、寝ることにした。
その時、北警察署では、署長を含めた署の幹部が集まっていた。
「これより緊急会議を行います。まずはこの事象について説明いたします」
横山課長の挨拶の後、泉係長がビッシと立ち上がり、警察学校の生徒のように直立した。
「それでは、ご説明させていただきます......」