十倍返し令嬢の婚姻譚〜婚約破棄を言い渡されたので今までの復讐したらまさかの展開になりました〜
「明日の舞踏会で、お前との婚約破棄を宣言してやるからな!」
「はぁ......」
呼び出して急にそれですか。
由緒正しきこの学園の中庭で、耳障りな声が響いた。
目の前の馬鹿殿下は、ご自慢の金髪を払いながら自信満々に仰いました。
「お前のようなブサイクは、俺の婚約者に相応しくない! 俺はマリアと結婚する!」
最近、男爵令嬢のマリア様にご執心で困った物だわ、と思っていたらこんなことを考えていたなんて。まず私はブサイクでないですし。
第二の王家アラバスター家の一人娘、王位継承権第一位ブライアン殿下の婚約者。漆黒の髪と海色の瞳、学園一の頭脳、まさに才色兼備と有名なジュリア・アラバスター令嬢とは私のことですもの。
「お前がマリアをいじめていた証拠もあるぞ。愛おしきマリアへの謝罪を考えておくんだな!」
客観的に見てもこの優良物件の私と婚約破棄ですか。心底呆れましたわ。呆れてもはや罵詈雑言すら出てきません。
「婚約破棄の件は家同士の話ですから、私だけでは決められません。それに虐げてなんていませんわ」
「ハッ! わかりやすい嘘をつ?......、は?......い、言っても無駄だぞ!」
語彙力って言葉すらも知らないのでしょうね。なんて低レベルなお頭。
結局そのまま殿下はふんぞり返って、その場を去っていきました。
大方、逃げたかったのでしょう。
言い返されることが怖くて。
「義姉上、この間の刺客騒ぎは大丈夫でしたか?」
「あら、義弟君。大丈夫よ。私を殺そうとする前に何者かに殺されていて……不可解だけれど」
「ご無事で何よりです。そういえば浮かない顔をされていますが、どうかしましたか?」
「それとはまた別件で少々色々ありましたの」
彼は第二王子殿下、ブライト義弟君。あの頭の足りない兄の実弟でありながらも私以上のスペックの持ち主。
兄に似ずキラキラとした銀髪にルビーのような瞳から『灼銀の貴公子』と呼ばれている。十四歳くらいの青年が喜ぶような異名ね、と言ったら苦笑いされてしまったけれど。
「また兄上の件ですか?」
「ええ......」
ひとまず私の部屋に来るように言い、そこで私は、義弟君に今まであった事を話した。貴方の兄上が馬鹿な女に誑かされて、余計酷くなり、呆れたことに私への婚約破棄宣言をしてきたこと、何やら冤罪までかけようとしていること、など。
「愚兄が申し訳ありません……」
「いいのよ。私もやられっぱなしになるつもりはないわ。これからすることで、義弟君が大変になるかもしれない。それでも許してくれるなら」
「どんなことでも、私は義姉上のなさることは許しますよ」
「冗談だとしても、都合よく捉えてしまうわよ?」
「義姉上の御心のままに」
胸に手を当てながら言う義弟君を見て、ふと笑みが溢れた。
まったく、生意気な決まり顔をするようになって。……初めて会った頃とは全然違うわね。
溢れた笑みをしまって、山積みの書類を整える。これは、いつかと思って血の滲むような努力をして積み重ねてきた大事なもの。
「さ、私はやることがあるの。日も暮れてきたし、呼んでおいて悪いけれどそろそろお帰り願えるかしら」
「……ではご無理はなさらないように」
「ええ。じゃあ、また明日の舞踏会で」
義弟君が部屋を出たところで、私は大きな伸びをした。はしたないかもしれないけれど、許してほしい。手を動かしながら、昔のことを振り返る。
嗚呼、やっと、十数年にも及んだ悪夢が終わるのだ。
「私も、よくここまで一人で耐えたものだわ。今思えば、ほんの少しだけでも期待していたのかもしれないわね」
第二の王家の長女に生まれた私は、将来殿下と婚姻を結ぶのが決まっていた。
それでも初めて顔を合わせたのは、6歳の時。会った瞬間に「ブサイク、お前は俺の召使いだ」と言われたことは今でも覚えている。
怒りを我慢して、理論的に言い返しただけで泣かれた。
どう考えても非がないというのに、私が悪いとされ、殿下に殴られた。国王様や王妃様は、それを承認し、次にこのようなことが起きれば死罪と言い渡した。今思えば、私一人での対談なんておかしいと考えるべきだった。
「……っつ!」
殴られた傷は未だ私を苦しめる。......もう傷はないはずなのに。
けれど、優しく素晴らしい両親には言えなかった。
それに、気づいてしまったのだ。殿下だけが酷いのではなく、殿下を取り巻く全てが悪だったせいで、あんなことになってしまったのだと。気づいてしまえば、一欠片の同情くらいは芽生えた。だからいくら殴られようとも馬鹿にされようとも我慢した。いつか、正常になってくれると信じて。
「まあ、どちらにしろこの王政は終わったのかもしれないわね。貴族院全てが、こんな小娘の計画に加担してくれたのだから」
この書類は、それでも我慢の限界がきた時のために、幼い時から溜めておいた証拠と、殿下を廃嫡とし義弟君を王に据えなければ貴族院は反乱を起こすという署名だ。
「お嬢様、お手紙が届いております」
「貴族院からね。直ぐに返事を書くから、少し待ってちょうだい」
我慢の限界は来てしまった。彼らは自分の手で自分の首を絞めた。
さあ、矛盾した法を最大限活用し、この書類を持ち破滅へ追い込んで差し上げましょう。
「……でもまさか、あの時助けた泣き虫が王になるなんて」
あの日も、殿下との対談の日だった。いつものように悪口を言われ、殴られ、腹の中が煮えくり変えるような怒りを持ちながら帰っていた所だった。
『お前なんてこうだ!』
『出来損ない!』
『なんとか言えよこのノロマ!』
訓練場の方から聞こえたのは、似たような悪口に人を蹴った音。居ても立ってもいられず走り出し、横たわっている子の前に立った。
『チビ! そこを退け!』
『あなた方、一体何をしているのです? 弱いものいじめで憂さ晴らし? まあ滑稽ですこと。人を傷つけることでしか自分の機嫌を保つ方法がないなんて。見たところ、下級貴族の子供の訓練生かしら。ということは私の将来の護衛ということ? 嫌だわ、こんな人を不快にさせる方たちが私を守れるわけなんてないもの。荷物をまとめる準備をした方が良いのではなくて? どうせ次の試験じゃ落第するわよ』
『うるせえ! そこを退けって言ってんだ』
握り拳とこめかみに力が入り、より呂律はよく回る。
『まあ、同じことしか言えないなんてオウム以下ね。それとも弱い犬ほどよく吠えるってやつかしら。......それに、誰に対してものを言っているのかしら。私は、アラバスター家の長女であり、王位継承権第一位の婚約者、つまりは将来の国母である、ジュリア・アラバスターよ。全く不敬罪に当たるわね』
『ジュ、ジュリア・アラバスター様......!?』
『もう貴方達の顔は覚えたわ。覚悟しておきなさい!』
いじめていた者が去ると、横たわっていた子は泣き出した。
『あ......りがとう......』
『泣かないでちょうだい。それより、よく頑張ったわね』
キラキラと、銀髪が光を浴びて。私の頬にも何かが伝った。きっと、自分で言った言葉が自分に沁みたのだろう。
『義姉上。僕は、僕は』
『義姉?』
その時思い出した。王家には表に出されていない弟君がいること。彼は、いつもいないものとして扱われていると、風の噂で聞いたことがあった。
『安心して、大丈夫よ。私が国母になった際には、必ずこんな生活を終わらせてあげるから』
それ以来、彼に会うことはなかったけれど、学園で再会し今に至る。再会した時の驚きは、並大抵のものではなかった。あの子が、知らない間に完璧超人の好青年に変わっていたのだから。
感傷に浸りながら、手紙の返事を書き終わり、信用のおけるメイドに届けるように命じる。
「この手紙をお願い」
「かしこまりました」
さて、これで準備は全て整った。
まさかこんな急な展開になるとは思わなかったけれど、なんとか間に合わせられた。
さようなら、殿下。ごめんなさい、お父様お母様。ありがとう、義弟君。
✴︎☆✴︎☆✴︎☆
「……見て、ジュリア様だわ」
「エスコートがないなんて……あの噂は本当だったのかしら」
「あり得ますわね。殿下はあの男爵令嬢に御執心ですもの」
耳障りに思いながらも、私は会場を優雅に歩く。
殿下は、今日の舞踏会が、国中の全ての貴族が来るほどの大規模且つ大切なもの……ということを、きっと把握すらしていなかったのだろう。
殿下がエスコートをしない理由、経緯を話すとお父様は激怒し、お母様は悲しんだ。……まあ、予想していたことですし、計画を認めてくれたからよかったけれど。
「ご機嫌麗しゅうございます、殿下」
寛大な私は、心からの笑顔で、貴方への復讐をして差し上げますわ。
「ご機嫌麗しゅうだと……。ハッ!」
「なにか、おかしいでしょうか?」
「よく来たな。プ、プライベー……誇りはあるということか!」
ああ、滑稽だわ。プライドという言葉すらわからないのね。やはり、一国の王としてふさわしくない。
「ジュリア・アラバスター! 俺はお前との婚約を破棄する!」
「はぁ……理由を話してくださらなければ、誰も納得致しませんが」
「お前はアリアをいじめ、苦しめた! そんな女は俺にふさわしくない!」
ヒールをコツリと鳴らし前へ出て、冷ややかな目で殿下を見据えながら使用人に合図を送る。
「……殿下、全て間違っていらっしゃいますわ。貴方が私にふさわしくないのですよ」
手始めに、浮気の証拠からに致しましょう。
ばら撒かれたのは、浮気の証拠の数々。マリア様が自分で服に傷をつけ、私の仕業に仕立て上げている最中の写真。そして私の潔白に対する証言。
「私が、何をしたとおっしゃりましたか?」
「そ、そんな」
「私からの婚約破棄です。我が家からの署名はしてあります。あとは殿下と王家の記入欄しか残っていませんわ」
こんなジャブ程度で狼狽えないでくださる?
これからが本番なのだから。
「あら、でも記入すれば愛しのマリア様と婚約できますわよ」
「ふっ、ふん! どのみち、お前とは婚約破棄なのだから!」
さっきまで狼狽えていたというのに、嬉々として署名し、走って国王様と王妃様にも記入して貰っている。
そうそう、それでいいのです。殿下の頭が軽くてよかったわ。
「ここに、王太子とジュリア・アラバスター令嬢の婚約破棄を宣言する!」
国王様が威勢よく宣言する。臣下は慌てて止めようとしたが、無意味。
「謹んで受け入れさせて頂きます」
おそらく、浮気の件王命でもみ消して仕舞えばいいとでも思っているのでしょう。けれど、口止めできる範囲にも限りがある。これだけの明確な証拠が揃っていて大規模な舞踏会での露呈。民衆に広まるのも時間の問題ね。
我が国は有能な臣下や貴族院によって成り立っている。それが裏目に出たわね。
「国王様、これを」
「……な、なんだと!」
さあ、とくとご覧になってくださいな。私の努力と我慢の結晶を。
「フッ。しかし……」
けれどこの書類を見て、国王様は鼻で笑った。
何故そんなに余裕そうで……。
「こんなの、なんてことはない。王命で、反乱を起こせば死罪とすればいいのだ」
「っつ!」
そうだわ……。貴族院が隙のない計画を小娘のために練るわけがない。何かあった時には責任を押し付けられるよう、用意しているのは当たり前だ。
悩んでいる暇はないわ。考えなくては、考えなくてはっ!
「そこまでです。父上」
国王様の言葉を遮り、私の前に現れたのは......義弟君?
何をしに来たの? 何をするつもりなの?
「父上、母上、兄上。あなた方を王国法違反で処刑させていただきます」
「貴様、何を言っているのかわかっているのか! 黙れ! 出来損ないに発言権はない!」
それは、少し違うけれど……、私が立ててきた計画で!
で、でも、処刑なんてそんなこと私は!
「父上、母上が定めた法に、王国法第121条“一夫一妻制とし、破った者又愛人を作った者を死刑に処す”というものがあります。これはあなた方にも当てはまります。兄上は、王国法第1条”国家転覆に加担した者は死刑に処す“に当てはまりますよね? マリア令嬢が、敵国のスパイとも知らず、国家機密を流出していたのですから」
今回、私は貴族院の署名と共に、この定めた王自らの法律違反で国外追放を言い渡すつもりだった。けれど……まさか、義弟君がこの事を糾弾しようとしていたなんて知るわけもなく、マリア様がスパイだったことも分かるわけがない。
「牢に連れていけ」
「ハッ!」
「何を言っているのだ! 私は国王だぞ!」
「貴族院の署名を見ましたよね?……署名と悪事……揃いすぎている。もう、貴方の王政は終わりです」
私の計画は全て義弟君に勘付かれていた。そのことに、今気がついた。
私は知らなかったが、義弟君によると、民衆の間ではクーデターを起こす兆しがあったらしく、未然に防ぐためにも、結局、国王様、王妃様は死刑となった。しかし殿下だけは、終身刑だけで済み、今は獄中で消沈しているらしい。
そして私はというと……。
「ジュリア、今日も綺麗だよ」
「ですから、義弟君! 私は!」
「義弟君じゃなく、ブライトと呼んでください。もう義弟ではなく婚約者なのですから」
「っつ!」
「成績、剣術共に学園一位な私でも、ジュリアに釣り合わないのですか? 言ってくだされば、今までのように努力します。貴方の為なら、私はなんでもこなして見せましょう」
あの後、仕組まれていたかのような速さで私は義弟君の婚約者となった。このように今度は義弟君に毎日頭を悩まされている。
「あの、素直で可愛い義弟君はどこに行ったのよ!?」
「ジュリアが勝手に勘違いしていただけでしょう? 最初から、幼き日に助けてくださった少女と結ばれるべく、邪魔ものを排除してきた男しかいませんよ」
「は、はい?」
どこからどこまでが、この人の仕組んだことだったのだろう。もしかして、この間の刺客も……。
「ねえ、愛しいジュリア。我が国の国母。大好きです。貴方のなさることはなんでも許すと言いました。なら、私のすることも許してください、ね」
ああ、もうなんなのだろう。計画を上手く使われた上、今まで義弟だと思って可愛がってきた人と婚約なんて。
けれど、この状況にどうしようもない嬉しさを感じる自分がいる。無意識にマリア様を羨ましく思っていたのかもしれない。
どうすればいいのかが分からない。
「あーーー、もう! 絶対に私は貴方のお妃様にはならないんですからぁ!!」