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タケオ戦記  作者: 連打
18/29

餓鬼


「まあ、そりゃあそうか」


仕方ない。元よりこのまま靖国で、皆と酒を酌み交わしながら土産話でも披露している……などと思っていた訳では無い。

戦犯の栄誉を恭しく頂戴した俺は、13階段の最上段まであの若い将校に肩を借りつつも昇った。忘れもしないあの図太い四ツ編みのロープ、後ろでに結い付けられた俺の両腕、沈殿した静寂。

俺はあの時確かに戦争犯罪人として巣鴨で死刑執行された。


「……」


はず、なのだが。

なぜ俺は今こんな山の奥に置き去りにされているのだろうか?

全く見当が付かない。ここは……どこだ?

戦場に逆戻りさせられたのかとも思ったが、どうも違う。俺の知っている森ではなさそうだ。あのじめじめした湿気が感じられない。俺の知らない別の戦地……いや、もう日本は終戦を迎えたはずだ。今更軍に極秘の作戦遂行など考えられない。


「……」


一番の謎はコレだ。

俺の今履いている軍靴……あの無鉄壱号ではなくしっかりとした強度のありそうな牛革の軍靴を履いていた。ぴかぴかと光沢を保った軍靴、左右にちゃんと履いている。


「ばかな」


俺の脚が久しぶりに両方揃っていた。

医学でこんなことが出来るのか知らないが、以前寺井が行軍中に『陸軍ロボット兵』を話をしてくれた。交換可能な手足を無限に補充し、無敵の軍隊を研究している噂が陸軍にはまことしやかに囁かれている、と。その時俺はあまりの馬鹿馬鹿しさに『俺たちの理想はトカゲだったのか、意外だな』そう言うと寺井は『自分も好きではありません。うまくない』。

聞くと寺井はトカゲを喰うと必ず腹を下していたらしい。喰ったトカゲはメッキ柄のヤツだったらしいが、いかにも毒持ちのヤツをなぜわざわざ選ぶのか不思議に思ったものだ。


「……」


とはいえ。

くいと曲げてみても伸ばしてみても、ちゃんと動く。つねってみればちゃんと痛い。

どうみても俺の脚だ、疑いようが無い。


「ふーむ」


ここがどうやら靖国で無い、とすると……やはり地獄なんだろうか。

それにしては血の池も見当たらないし、針の山は……いくら見渡しても普通の山しか無い。確かに見覚えの無い植物ばかりのような気もしないでもないが、そこまで草木に精通している訳でもない俺には大差無く見える。



                          ・・・

天国というにはどこか生々しいし、地獄というには随分とぬるい。この俺の出で立ちはどうだ?

この徴兵されたての初々しい新兵のような、ほつれや穴も無いサラの状態の軍服。

そして何よりこれは誰に礼を言えばいいのかわからんが、立派な足まで生やしてくれている。水虫まで再現してあるのはご愛嬌か。

……そんな場所が地獄足り得るのだろうか?


「……」


俺は鬱蒼と育っている木々を縫う様に歩き出す。

ここで詮無いことをいつまでも考えたところで、学の無い俺では何一つ説明がつかない。

ここらで訳知り顔の怪しいジジイが現れて講釈の一つでもぶってくれないだろうか?


「……ふむ」


そうしてしばらく進むと、ざりと砂を噛むような悪寒が濃い場所に気づく。


その辺りに意識を向けるだけで鼻の奥にツンとした刺激、強張っていく身体を解す為ゆっくりと静かに進む。

俺はこことは違うあの戦場で偶然を積み重ねながら片足を吹き飛ばされても尚死に遅れた。その、なんだか良く分からない予感が囁く。

今俺は気配を消さねばならない。

38小銃の射程距離約4000との公称だが実際には800がいい所、対象とその距離は確実に空ける。身体に染み付いたクセのようなものだった。


「……」


遠目でもまぶたがピクリとする。

この身体に走る悪寒は何を意味するのか、俺はコレを知っている。

独特の空気はこの地でも共通なのだろう、熱と血の混ざり合った『濃い』空気。

木々の隙間に身体を滑らし目を凝らす。ぎぎ、という鳥の鳴き声のような甲高い歓声を響かせながら山中を進んでいたのは。


「……」


進んでいたのは……アレはなんだ?

猿か、いや猿にしては大きい。狒狒(ヒヒ)だろうか。どちらにしても斧のようなあんな武器を猿や狒狒が持つのだろうか?全体的な印象が不気味なのは体毛が無いからか?

それら得体の知れない生き物の群れが山の中でぎぎ、ぎぎ、と会話なのか鳴き声なのか判別が付かないうねりを周囲に撒き散らしつつ行軍していた。

数にして40。鹿や馬でもあるまいし、群れだとしても異様な光景だ。


「……」


良く見ればあれらが嬉々として振り回しているのは……ありゃあ首か?

先頭を歩く猿が誇らしげに掲げているのはどうみても生首だった。人のものの様で恨めしそうな目が見開かれたままの生首、違うものは顎が取れている。もう一つは恐らく女の首なのだろう、充分に蓄えられた赤茶色の髪をむんずと掴まれ振り回されていた。


「……」


むごいな。動物が人を襲うことがあるのは喰う為だろうに。幾ら首を振り回したって腹など膨れはせんし、邪悪さだけが際立つだけだ。

ふむ。

やはりここは地獄だったか。

となると、あれは坊主の説法に出てくる餓鬼というヤツなのだろう。

なにせ沢山の偉い奴らが頭をこね回して『平和に対する罪』なるものをでっち上げてでも死刑にしたがったような大悪人の俺だ。まともに靖国で成仏など期待するだけ無駄だったな。


しかし。


手かせも足かせも無い。

抵抗できない理由も無い。

五体満足の身体はある。


「……」


俺はその場で生首達に念仏を呟く。

成仏してくれ。

地獄の餓鬼共に『亡霊』の悪あがきを見せつける、それも悪く無かろうよ。

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