執行
カツンカツンと軽快な靴音を響かせられれば様にもなったかも知れないが、生憎車椅子を若い将校に押して貰う体たらく。
13階段も運んでくれるのだろうか?若い将校にとっては溜まったものではないだろう。
「……」
開催まで随分と待たされたが、肝心の裁判とやらはあっという間に終了した。意見など聞かれなかったし、言いたい事も無いしな。
「少尉」
毅然とした若い将校は車椅子に乗った俺の頭越しに真っ直ぐ前を見ながら問い掛ける。俺と話す事は禁止されていたようで初めて声を聞いたが、どうして中々精悍な声である。
「何か言い遺す事があれば、どこの誰であろうと必ず言伝致します。遠慮なく仰って下さい」
「ないよ。気を遣わせたな」
「……そうですか」
「あ、ひとつあるな。聞いてくれるか」
勿論、とそう言い返す若い将校の目線はやはり真っ直ぐ前を見据えている。強い意思と毅然とした態度、優秀なのは見れば分かる。なんせこの将校、軍靴をきちんと靴墨でピカピカ光らせている。優秀でない訳がない。鮫皮ではこうはいかんからなあ。
俺は妙に感心しながら将校に伝言を頼む。
「昼飯のサバな、少々塩辛い。料理番に伝えてくれ」
「鯖……ですか?」
「ああ。恐らくは東北の出の料理番だろうがな。しかと伝えて欲しい」
あちらの人間は何故ああも味噌だ塩だと大量に加えてしまうのか。あれでは折角のサバが干物と変わらん。保存食としての調理に慣れているのも分からんではないがな。
「……」
何か言いたげな将校は、しかし何も言わなかった。
ただゆるりと俺の車椅子を圧しながら清潔な廊下を控え目な足音で進む。
毎日クソ暑い日が続いていたが、今日は珍しく涼しい風が時折頬を掠める。
「少尉」
「なんだ?」
「後は……お任せ下さい。この馬鹿げた判決を受入れざるを得ないようなこの現状は、必ずや変えなければならないと痛感しております。きっと……きっと」
「あまり思い詰めるな」
「次こそは、……再戦の折には必ず。少尉の首を差し出す事で命を繋いだのは私も同じなんです。不甲斐無い……全く不甲斐無い」
どいつもこいつも、だ。
裁判を終えた俺を見つめる男達の瞳に映る憐憫、同情、贖罪。悪酔いしそうなほどの憐れみに本気で胸が悪くなる。今から首を吊ろうと廊下を進む道程で、俺はまだ体調を崩さんとならんのか。
「野郎の涙などいらんぞ。軍人なら汗をかけ。これから貴様らは嫌と言うほど冷や汗を掻かなきゃならんのだ。国を存続させなお且つ力を蓄えるのは容易な事ではなさそうだし、何より面倒くさい。俺は靖国で先に逝った仲間たちと釣りでもすることにしよう」
はい、と力無く将校は頷き車椅子を押す。
今度こそ俺は死に遅れなくても済むだろう。もう俺に出来ることなど無い。いや、最初から無かったのかも知れんが。
そう考えれば此れは俺には出来すぎた花道だ。
これは俺の意志、誰にも邪魔はさせん。
俺は此処で死ぬ、漸く終わりを迎える。
「さっさと終わらそうぜ。13階段はまだか?明日になっちまう」
「は、はい!」
心なしか速度をあげた車椅子。清潔な廊下、涼しさを与える風。
薄暗いのは今一ぱっとしないが贅沢は敵だと散々言われてきたこの身、多少の事は譲歩しようじゃないか。