甘味
「クソ暑い中大変だな。水しか無いがまあ飲めよ」
「……」
木槌兵長の病室を訪ねる。
何しろ左脚は手榴弾で吹き飛んでいるので1階の受付にベッドを運んでの即席の病室の中、木槌兵長は私にコップに入れた水を差し出す。マラリアかデング熱で脳に損傷が出ているとの報告もあったように記憶しているが、滑舌は問題無いようだ。
「兵長、ああ失礼しました。少尉でしたね。武勲を重ねての度重なる昇進、いや大したものだ」
笑顔を絶やさず、朗らかに。
私が訪ねて行く事がどのような意味を持つのか分からない軍人達は、とにかくいつも警戒している。せめて話の通りを良くするための私の処世術のようなものだ。
「んで?片足のカカシに何の用だ?田んぼに突っ立ってろとの指令でも出たか?」
「そんなそんな。英雄である少尉殿にそのような」
また、だ。
違和感しかない。こんなに奔放な軍人にはついぞ会った事がない。終戦を迎え敗北を苦虫を嚙む思いで粛々と受け容れる項垂れた姿、私の会ってきた軍人達は皆そうだった。
こう有るべきだ、負けたのだから。そう自分に言い聞かせるような絵に描いたような敗北。それを体現するのが義務で有るかのように。
「開襟組も大変だな。もう戦争は終わったというのに腹芸しなきゃならんとは」
「腹芸なんてしてないですよ?」
明け透けな態度で終始私に接するこの少尉に悪意は感じられない。しかし、『開襟組』と面と向かい言われたのは初めてだった。所謂一般的な制服を着た軍属では無く私服で内勤業務に当たる軍人の事を侮蔑を込めて開襟組と言うらしいが、仕方のない感情だと理解している。
我々は戦地には行かないからだ。
戦地のメシを何度喰らったかで己の存在を肯定するのが通常である陸軍兵士にとって、我々など卑怯者の臆病者に見えるのだろう。
しかしこの少尉は。
「差入れは無いのか?バナナの齒以外なら何でも歓迎なんだが」
私の笑顔を嘘だと見抜くような、何の思惑も感じられない真っ直ぐな表情。
欠損し大腿部から先の無い脚をヨイショと持ち上げ私の方向へ身体の向きを変える少尉。
「おはぎなら持って来てます。甘い物が喜ばれると思いまして」
「おう、すげえな!沢山あるか?」
「十程持参してます」
「全部くれ」
この後に別の病院に向かう際の手土産も入っているのだが……少尉はケチケチするなと云い私からおはぎの入った竹皮の包みをふんだくる。
「まきさん!」
少尉は病室の廊下を忙しなく通る中年の看護婦人を呼び止める。
「もう木槌さん、ちゃんと安静にしてなきゃ駄目ですよ。せっかくご友人も訪ねて来て頂いているのですから」
「その友人がおはぎくれたんだ!みんなで食べてくれ」
「!!」
その場で一度、軽く跳ねたように見えた看護婦人はまあまぁまぁと破顔し、今度は少尉の手からおはぎをふんだくる。
「木槌さんのお友達は裕福でらっしゃるのね、どことなく気品がありますもの、気品が。木槌さんとは大違い!」
そう捨て台詞を残し風のように去っていく看護婦人。ベッドの上の木槌少尉は苦笑いを浮かべ。
「甘味に飢えてるんだろうな。もう無くなっちまった」
と笑った。
「また今度持ってきますよ、そんなに沢山は無理ですけど」
「お、悪いな。頼むよ!」
どこまでも悪びれない少尉の顔は少年のような真っ直ぐさが垣間見える。こんな人間がサムライだ亡霊だと恐れられていたのがまだほんの1ヶ月前。
「……」
いやあ、不味いな。
私はあなたに引導を渡しに来たのだが、な。