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タケオ戦記  作者: 連打
13/29

歴戦


よく言われる表現だが、生まれる時代を間違えたような男だ。

平凡な農家の生まれであり特別体格に恵まれている訳でもない。教練時代の体術の成果も実に平凡なもので特筆すべきものは無いように見える。


「……今日も暑いな」


着込んだ開襟シャツは既に汗でじっとりとした重量を含み、抱えた革カバンに入れてある書類まで染み込んでしまわないかと心配になる。


「……っと」


軍の傷病医院に向かう道中、がれきの処理をせわしなく行う戦車とすれ違う。

砲塔を取り外し戦車の前面に土砂を掬い上げる大きなシャベルのようなものが取り付けてある。徹底した武装解除を受け入れた軍の『廃品利用』というところか。

鉄の廃材と化した兵器たちは様々な形で活用されている。

戦闘機の翼はアルミ素材となり、刀剣類は鋤やクワに変化し、金属部分を除いた銃身などは薪代わりとなった。


先月中旬我々日本国民は始めて天皇陛下の肉声を聞いた。

敗戦それ自体より陛下が我々と同じ言語を話している事に驚いた、という声も聞く。しかしラジオから流れてくるその放送の真偽などすぐにどうでもよくなった。

もちろん戦争は終わりを迎えた現在でさえ『戦死』の報が後を絶たない。少数ではあるが未だ日本の勝利を信じ戦い続ける者たちを、愚かなことをと誰が責められようか。

ついこの間までは勇ましい進軍を続ける日本軍の記事を食い入るように読み込んでいた国民は、夢から覚めたように空襲の後片付けを始める。

当たり前だと思う、人々には生活があるのだ。


「……」


空襲により何もかも失ったとしても、生きていかなければならない。

いつまでも熱に浮かれた祭りは続けられない。

私が汗に塗れながら昨日も今日も各地の傷病医院に足を運ぶのもその一環だと言えよう。


アメリカ兵達をサムライの亡霊と畏怖させた陸軍人の病院に向かっている道中、その人物の資料を思い出しながら私は歩いていた。


「……」


    ・・・・

どうにもちぐはぐな印象が拭えない。それが第一印象。

ルソンに始まりミンドロ島サンボアンガ、コタバトからダパオ。戦線を拡大していく為の最前線を只独り全ての戦場から生還した木槌兵長。最初は当然一等兵だったはずの軍歴ではあるのだが……この戦歴は違和感しか感じ無い。


兵長の部隊は壊滅再編成を繰り返しながらその都度戦闘に突入したであるはずで、恐らくメインの戦闘は爆撃機による爆弾投下が繰り返されただろう。にも関わらず敵兵の記憶に刻み付けるような幾多の武勇伝は……しかも語っているのは戦果を煽る中部日本新聞では無くアメリカ兵である。信憑性という点では新聞などより余程信用出来よう。しかしそうなるとこの兵長、3回は死んでいないと辻褄が食い違う。


まあ、今更よいか。

今日この別名『死に遅れ』木槌兵長も運の尽きを迎えようとしているのだ。


「……」


私がこの悪目立ちしてしまった軍人に引導を渡す。それが私の仕事だった。

最近漸く意識が……いや違うのか?

資料によると意識が回復したのは1週間も前であったが、話が出来るようになったのは昨日の事だそうだ。

陸軍もこの物資が無い時勢の中でこの独りの兵長を救う為尽力したと聞くが、感謝などしていないだろうな。


「……」


着いた、な。

半分ほど空襲で瓦礫に埋もれているが、まだ何とか医療行為は行われているようで……白い帽子のこれまた白衣の女子が忙しそうに白いシーツを物干し竿に干しているところだった。

場所によっては病院がそのまま廃墟となり瓦礫ともども無くなっていたりするので、また死に遅れた兵長の悪運はまだ健在のようだ。

それも今日まで、そう思うとやはりいつも通り私の足取りは重い。


「……ふう」


ため息をひとつ。

さて。

実直なサムライ軍人の息の根を止めるとしようか。


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