感情
殆ど休憩も取らず俺は森を滑るように駆けた。やはり食料がある、というのは精神と身体を安定させるようで行きの道中よりも半分ほどの時間しか掛からなかったように思う。
そして、見る。
俺はこの光景を見るために南方本部からやってきたのか。思わず笑いが込み上げそうになるのを堪える。何しろほんの目と鼻の先に米兵たちの部隊がそこここに行軍しているのだ。
「……」
何やら白い粉を撒きながら日本軍の生き残りを探している。
毒にしては米兵達も手拭くらいしかしていないように見えるが警戒はした方がいいだろう。あまり自分も吸い込まないように風向きを確認しながら様子を伺う。
「……」
爆撃の噴煙が未だ立ち込め視界が悪い中、ぶすりぶすりと米兵達は事務的に亡骸達に銃剣を突き立てていく。ごくたまに『ぐっ』という最期の声を上げるものもいる。そうすると米兵達は嬉々として集まりこぞってその兵に銃剣を突き刺した。
「……」
どんな気持ちなのだろう。
一方的に殺す立場というモノが人間性を消してしまうのだろうか?俺が殺してきた米兵達は俺たちとなんら変わりないように見えたのに。痛けりゃ泣くし喚く、言葉が通じないのに命乞いらしい動作を見せ、恐ろしければ背を向け逃げる。それは戦闘だった。
俺だって無傷な訳が無く、中には死んでいてもおかしくないような銃痕も身体のそこら中に開いている。
戦争だから、そういうものだと理解していた。
「……」
しかしこれは違うんじゃないだろうか。
相変わらず白い粉を亡骸に振りまきながら行軍する米兵達を伺いながら森の中に潜む。自分の呼吸が浅くなっていくのを感じる。
あの粉の影響では無い。これはきっとそういうことなんだろう。
俺は折れた軍刀を握り願う。ここで、俺は、死にたいと願った。
出来るだけの敵を切り伏せての討ち死にだ。もう死に遅れなどと誰にも言わせない。
「……」
高揚していた。握る軍刀はいつものように心地よい重さを腕に与える。
この白い粉塵も爆撃の噴煙も俺の奇襲の為の隠れ蓑になってくれる。充分に弾薬を溜め込んだ銃を持った米兵が9人、白い粉塵を撒く米兵が2人いるが。元より全員倒すのは無理だと分かって襲うのだから力の配分などどうでもいい。力尽きれば黙って死ねばいいのだ。
「……」
そういえば。
寺井はちゃんと逃げただろうか?あいつは俺と違いインテリゲンチャだったから無駄に死ぬような事はあるまい。恐らく首尾良く姿をくらましどこかの部隊と合流、戦後の日本を立て直す一助となってくれるだろう。ヤツは良い意味で軍に染まっていなかったし、皆一丸火の玉だと爆撃を喜んで浴びるような愚かさとは無縁の男だった。
「……」
俺は泥濘を蹴り一番近くで銃剣を刺して廻っていた米兵の首を、木々の中から飛び出した勢いそのまま撫で切った。
「……!?……っ!!」
なにを言っているのか分からん。分からんが動揺しているのだけは伝わってくる。しかし俺は
・・・・・・・
この米兵だけは確実に息の根を止める!
貴様が嬉々として突き立てている銃剣の先にいたのは、寺井だったから。
「……っ!!…っ!!」
うるせえうるせえ。
これは戦争だったと言うことを思い出させてやる!命をやりとりしてみろよ米兵どもが!
俺は撫で切った米兵の首に再度軍刀を押し付け、そのままそいつの喉を潰し貫いた。
あの利口な男までこんな最期を迎えるしかないのか!訳の分からない白い粉をぶっかけられ死んでからも銃剣を突き立てられるような所業は寺井には似合わん!断じて違う!
だだっと銃声が周囲で響いてきたが、視界が悪い現状が味方した。まだ俺には当たらない。
「っつ」
何か、踏んだ。
途端突然の絶望。
光と爆風に俺の身体が飲まれる。不意の爆発。初めての経験だった。
何が侍亡霊だと自嘲気味に破顔する。
「……!?」
自分の左足がゆっくり吹き飛んで行くのを見ながら悟った。
俺が出来ることなど何一つ、寺井の無念を引き継ぐことさえ出来ないのだと。
「……ちくしょう」
そこで俺の意識は消えた。