理不尽冒険譚
後方からの突然の炸裂音に鼓膜は悲鳴を上げる。
「敵襲ッ!!」
誰かが叫んだ。
確認したわけではないが……恐らくは違う。行軍の最中、何の前触れも無いというのに『敵』はどこから沸いたのか?テッパチ(鉄帽)の中のぼうとした頭で考えなくてもピンとくる。
「……」
各々担いでいた銃を手にざわめき立つが、すぐに沈静化した。
体力や気力が限界に達した若い兵士が自ら手榴弾を炸裂させたようではあるが詳細は分からない。
またかと、そう思った。
軍人勅諭を胸に刻み西側諸国の支配からアジアを開放するため。掲げた大儀に心を震わせた若者の行き着く先が自爆。もはや嗤う気力さえ俺にも無かった。
それでなくても夜中にいきなり大声で歌いだす者、家族の写真を握り締めさめざめと泣きながら崩れる者、脱走などは数える気にもならぬ程の数に及んだ。
「木槌兵長」
前を行軍していた寺井から声を掛けられ我に帰る。
駄目だ。今は作戦行動中なのだ。
「……今の爆発、何人死んだ?」
正直にいえばあまり興味も持っていなかったが、とりあえず寺井に確認する。聞かれた寺井も迷惑な話だろうな。なにせこいつは俺の前を歩いていたのだから後方の爆発の状況など知らんって所だろうし。
「分かりません」
そりゃそうだ。
「それより兵長……援軍はまだでありますか?まさかですが、このまま行軍を続けるのでしょうか?」
心配ももっともだ。
日射病、熱射病で倒れる兵や気が触れる兵。それらを抱えて日に20キロ程を行軍するため、皆靴擦れが出来ていた。水泡状の豆は潰れ、足の裏の皮はずるりと剥ける。殆ど洗われていない靴下は潰瘍を引き起こしやがて歩行出来なくなる。このままでは戦闘どころではないのだ。
「指示が来ない。目下現状維持が任務だ」
俺がそう言うと寺井は落胆の表情を隠さなかった。テッパチを少し目深に被りなおした寺井は震える声で囁く。
「我々はもう……この比島で死ぬんでしょうね。あの自爆した兵士の気持ちが分からない者はこの部隊にはいないでしょう」
「貴様の命は天皇陛下に預けたろう?手前勝手に死ぬことはこの俺が許さん」
「……そう、ですね」
「気をしっかり持て」
それくらいしか言うことが無い。
俺とて、肩に食い込む小銃、帯革は腰に擦れ体重や荷重が足に掛ける負担は尋常に非ず、熱気で朦朧とした意識はぐるぐると周囲の景色を回している。
「『戦死2ッ!』負傷者2名ッ!」
後方の兵から前方に居る上長の軍曹へ報告の伝令が届く。
自爆した兵を戦死扱いにする心がまだ陸軍には残っているようだ。
「……」
俺が空を見上げると……赤とも青ともとれる文様の見事な夕焼けが一面に広がっていた。