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ベル暦3年:子供時代の終わり  作者: 木苺
追記編:その後の若者たち
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共同宿舎の女たち

食堂での一件以来、ライトから明るさが失せた。


ドワーリン先生、テレサ先生、マリア先生たちによるマナー教室や、メリー達も参加した座談会により、ベルフラワー全体としては、男女がフランクに日常的に気軽に話し合う光景が増えたにも関わらず、ライトだけは 相変わらず仕事にかかわらない場面で女性と話すことがほとんどなかった。


この「ほとんど」の部分は、「あー」とか「いや」と言った類の返事であった。


彼は 以前と変わらず黙々とよく働き

年少者には穏やかに接し、男から挑戦されれば受けてたち、

相変わらず強くて寡黙な男ではあった。


ただ 以前 リンがいるときだけ見せていた朗らかさがなくなっていた。


だから 共同宿舎の男たちからは、以前よりも「沈黙のすごみ」を増した=男ぶりを上げたとみられていた。


そして共同宿舎の女性たちには、あらかじめレオンとテレサから、

「ライトは片思いが破れて傷心中だから からかうこと厳禁、そっとしておくように。

 なおライトの恋愛問題については他言無用・詮索禁止」とお達しが届いていた。


やはり大人の少し年上の女性にとって、ライトはいじりがいのある若者と見えていなくもなかったので、この連絡が密かに迅速に送られていたのは正解であった。



「残念。生活にゆとりができて、これからもっと修道院のメンバーとフランクにつきあえると思っていたのに」レイラ


「年齢的に からかいがいのあるライトに手を出すなと言われるとつまらないわねぇ」ミルタン


「ここは 男女の年齢バランスが悪いから、年下の男の子の中では

 一番年上で 純朴そうなライトにアタックしたかったのに」萌


「男の子たちが25歳を過ぎるまでは、3歳以上年上の女性はアタックしたらダメなんてお達しひどすぎない?」ミソノ


「まあまあまあ 俺たち男に対しては、3歳以上年上の男は女性が25歳を過ぎるまでは恋愛対象としてはならない。

5歳以上の男は 相手の女性が30歳以上になるまでアタック禁止令が出ているんだから、そう言いなさんな」バクー


「うそ~! まじ?」レイラ


「まじ まじ」バクー


「いつ そんな話が?」ミソノ


「君たちがテレサにくぎをさされた翌日だ」バクー


「その歳の差恋愛規制方針はどうして?」ミルタンは真剣に尋ねた。


「なんでも ベルフラワーでは、特に修道院で成長中の若い男女は

 『新しい生き方』を模索中なんだそうだ。

 そこに 俺たち年上の男たちが 旧来の価値観で恋愛をしかけると

 彼ら彼女たちの成長の可能性を阻害するからだと」浮かない顔でバクーは言った。


「わかるわぁ」

夏休みで共同宿舎に戻っていたミルーが言った。


「何がどうわかるっていうのよ」ミソノ


「うーん セクハラ・パワハラ・乙女心搾取防止っていうのかなぁ・・


「環境変化が激しい中で育つと、自分なりの価値観を確立するのに時間がかかるのよ。

 子供時代に家庭で守られ、自分の育った家庭が地域で安定したポジションにあった人にはわからないと思うけど・・


 『多様な価値観』なんてきれいにまとめちゃうとそれだけで話が終わってしまうけど

 実際には、いつも『自分にとってのあたりまえ』とは異なる『周囲の人の考え・価値観』を優位なものとして押し付けられた中で育つと

そしてその人たちは 自分に対する情がなくて ただ自分たちの利益のために自分の感情のままに 『私』を動かそうとする中で生きていると

ほんとに『自分の生き方・自分が生きていくために必要な基準』というものを持てなくなるのよ。

 だっていつも、周囲の人の思惑から「私が外れている」となじられる関係だもんね。


 そんな状態の中 異性関係を迫られると、なにもかもが男性ベースで押し切られちゃうから・・」


ミルーが一息つくと

レイラたちは 顔を見合わせた。


「確かに私たちは 貴族とか富裕な家庭出身者で 子供のころは それなりに安定していたわよ」ミソノ


「そうね 就職するまでは 異性とのおつきあいにも 自分基準ではっきりとYes/Noが言えたわね」ミルタン


「でも 就職してからは苦労したわー

 先輩とか上司だと思っていると・・・


 うーん あれって セクハラ・パワハラだったのだと今にして思う。


 あの頃は自分がしっかりしてないから こんな風に付け込まれるのかとひたすら反省ばかりしてたけど」レイラ


「でも 反省してもきりがないのよね

 次から次へと無理難題。


 男に取り入るのがうまい女たちに どれだけ煮え湯を飲まされたか」萌


「あら!あなたも!?」ミソノ


「なに その驚きっぷり」萌


「だって あなた男受けよさそうな雰囲気だから てっきり」ミソノ


「保護色よ 保護色!

 でも保護色をまとっても 親切ごかしに手を出そうとしてくる上司をぶんなぐって・・(以下略)」


「ほんと 私たち苦労したわよねー」ミソノ・レイラ・萌・ミルタン


「苦労したのは私も同じよ!

 ただ あなたたちは 自分の基準に自信をもって 男たちの攻勢にたちむかえたわけでしょ。


 私の場合は、自分の育ち方が違うから

 自分の価値基準が間違ってるかもしれないって不安がいつも付きまとっていて、

 それで余計に「いやなことは嫌だ」と言った時の相手の男たちの侮辱や悪態に 心を傷つけられたんだから。


いいよる男を振るたびに、男からの嫌味や恫喝で人格そのものを否定された気分でつらかった」ミルー


「もしかして それで あなた、批判を絶対に受け入れない性格になっちゃったの?」ミソノ


「そうよ 悪い!

 夜のお誘いを断っただけで 育ちが悪いの常識がないのって言われ倒して、


 やたら体を触ろうと手を伸ばしてくる男にやめてと言ったら、

 私の日ごろのあらゆる行動を誹謗した挙句に、『そんな女に俺の行動を批判する権利は無い』とまでも言われた回数も両手の指で余るわよ!


 だったら 私だって『お前たちに 私のことをとやかく言わせない!』って思わなきゃ

 生きてこれなかったわよ!!」ミルー


「ごめんなさい。そこまであなたがつらい過去を背負ってたなんて知らなかったわ」ミルタン


「『背負ってた』んじゃないわ、

 ただそういう状況に押し込められていただけよ!!」ミルー


「確かに ミルーの言い分は正しい。

 これまで あまりにも 弱い立場に押し込められていた人々が多すぎた」

バクーが重い声で言った。


「だから そのような体制を根本的に改めようと ベルフラワーを主導するリンを私は支持しているんだ」

ため息をついてバクーは言葉をつづけた。


「その結果が 年の差恋愛規制令になるとは、

 さすが ご領主様が女性だと 発想が違うと 驚いたよ」と言ってバクーは笑った。


「そこ 笑うとこではないからね!」ミルー


「すまん 君たち女性にとっては 年上男性が脅威だということを忘れていた」バクー


「確かに 言われればそうねぇ。

 私たち女性が 職場で年上の男たちに悩まされたように

 ここでは 私たち女性もまた 年少の男の子たちの脅威になるかもしれないのね」

泣きそうな顔の萌


「なんか 損した気分。

 今まで 私が若いときにからかわれたように

 今度が 私が 若い男の子をからかってやろうと思ってたのに」レイラ


「悪女」ミルタン


「あなたに 言われたくないわよ。

 あなたも 私の同類でしょ!」レイラ


「たしかにまあ ここでなら ちょっとくらい 若い男の子と遊べるかなぁって期待はあった」ミルタン


顔を覆うバクー


「私だって 純朴な男の子を手なづけたかったわー」萌


「女 怖い!」つぶやくバクー


「あら 自分の経験をもとに

 若いころの苦い経験を生かして

 今度は私たちが主導権を握って男女関係を構築しようと思っただけよ

 其れのどこが悪いの!」ミルタンは開き直った。


「だから それが 『悪しき関係を 年長者が若者に押し付ける歴史の継続』になるのよ」

ミルーが真剣に言った。


「今の修道院の子供たちは もっと『フランクな人間関係を異性間にも』って考えで教育されている真っ最中よ。


 『男女の区別なく 異性間でも対等に付き合える人間関係』が

 一番はっきりと「課題」として意識されるのが恋愛じゃない。


 そこに 私たち女性が 過去の良くない歴史の嫌な思い出のリベンジとばかりに

 年下の若い男の子に 『年長者という優越的立場』を利用して手を出してどうするのよ!」ミルー


「あなたの言っていることは正しいわ。

 でも だったら私たちばかり 損じゃない。

 若いころは 優越的な立場の男たちに悩まされて

 やっとそこそこの立場になったのに それを利用できないなんて!」ミルタン


「それを言ってはおしまいよ。

 私は 昔の上司たちを頭の中でギタギタにしても

 若い子に 昔の先輩たちがやっていたような不当な扱いをしてはいけないと

 公開裁判で一度は追放された身よ。

 その私を前に よくもそんなことを言うわね」ミルー


「湯気の地行きは 追放ではなかった」バクー


「でも あの時は みんなそう受け止めていたわよね。

 私とサイラスが 子供たちを使役したのが許せないから 湯気の地へ行って二人で反省してこい 出なければ戻ることを許さないって」ミルー


「だけど あれとこれとは」萌


「同じじゃない。

 労働力を搾取するのも 若者の柔らかい心をもて遊ぶのも

 年下の子達からの信頼を利用して 私があの子たちに無理な仕事をさせたっていうなら


 あなたたちは 年下の子からの信頼や尊敬・あこがれを利用して

 自分たちにとって都合の良い男女関係の中に男の子を押し込めようとしている

 それだけのことでしょ。


 『恋愛』の名のもとに、心を支配しようとしているあなたたちのほうが悪質よ」ミルー


「理詰めのあなたには 勝てないわ」ミルタン


「だが ミルーの言っていることは正しい。

 君たちにとって 過去の職場でのパワハラ・モラハラ・セクハラがどれほど心の傷になっているかはわかった。

 でも そのモラハラが起きた原理を使って 年少者に手を出すのは

 今度は君たちが モラハラ実行者になることだ」バクー


「腹が立つけど バクーの言ってることは正しい」ミルタン


(私の言ってることは 正しくても受け入れられないけど

 バクーが私と同じことを言えば 正しいと認めるわけね)

ミルーは 黙って席をたった。


「最初に正しいことを言ったのはミルーだ。

 私はミルーの言ったことを繰り返して言っただけだ」バクー


「あら でも 物には言いようってものがあるわ」萌


「そうね」ミルーは冷たく言って退室した。


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