第60話 朝食にて:若者とマナー
(若者たち 4/4)
リンとティティのお泊り会&ライトとレオンの夜話があった翌朝
修道院の食堂では いつものように朝食が始まっていた。
一応同じ部屋の中の複数のテーブルに分かれて食べるのだが・・
たいてい リンの向かいにはライトが座りに来て そのライトの近くにレオンやロジャが座ることになっていた。
ロジャはライトに声をかけた。
「ねえ なにかあったの? すごく暗い顔をしてるけど」
「失恋したから」
レオンがテーブルの下でライトのすねを蹴りながら言った。
「そんなこと ここで言うなよ」
「なんだよ お前がリンと距離を置けって俺に言ったんだろうが」ライト
思わず牛乳にむせそうになったリン
「デリカシーがない」とライトをにらむティティ
「ねえねえ その話を聞かせて」興味を示すロジャ
「ぼくだって聞きたい気持ちはやまやまだけど ここでそれを聞くのはマナーに反すると思う」ジョン
「ごめん。 いたたまれないから 私 場所を変えて食べるわ」
盆を取ってきて 自分の食器を載せるリン。
「私も! ほんとはここで無神経なライトをぶっ飛ばしたいけど
リンがかわいそうだからやめとく」ティティもそういって立ち上がった。
「な な な ちょっと待て!」慌てるライト
めんどくさそうに「もしかして ここでマナー教室を始めたほうがいいのかな?」とテレサに問いかけるフォーク
テレサはマリアと顔をみあわせ、(ほんとにまかせられるのかしら?)と迷いつつ
ドワーリンの顔を見る。
「まったく 仕事はできても人間関係の基本ができていない小僧ども」ドーリは小声でつぶやいた。
「食事中に堅苦しい話は消化に悪い。
今日は久しぶりに 朝の2時間をミーティングにあてて ここにいる男達で 食卓のマナーと恋話の基本について説教しようかの?」
ドワーリンが 重々しくフォークに問いかけた。
「俺たちだけで緊急ミーティングを開くとバクーに連絡しておきます」うなづくフォーク
一方女性達は ディーも含めてテラスにでて 食事の続きを再開した。
・・・
ロジャが 重い雰囲気の食堂から、テラスにある女性達のテーブルに逃げてきたとき
「失恋した 失恋した って騒がれるのと、好きだ好きだと付きまとわれるのと
どっちがましだと思う?」というリンの声が聞こえた。
「どっちも 嫌にきまってるじゃない。」ディティ
「そもそも そんな噂をまかれることが 迷惑だって まだわからないライトにはお手上げだよ」
ロジャより一足先に逃げ出していた レオンの声を聴きながら ロジャも女性達のテーブルに加わった。
「そもそも いつからそういう関係になったの?
ぼく ライトがリンに恋をしていたなんて 全然気づかなかった」ロジャ
「ほらね こうやって どんどん 噂がうわさを呼ぶのよ」ため息をつくメリー
「そして そのたびに 私が ライトとの仲を無関係な人に説明させられるわけ?
特に何もないのに
あっちが 勝手に のぼせていく一方なのに」リン
「ロジャ あなたの好奇心を満たすために リンが今 説明したのを聞いたでしょ
だから あなたは そのお礼に ライトの頭に水をぶっかけてきなさい
そして 今 リンが言ってたことをそっくりそのまま伝えて
私たち女性一同からの言葉も ちゃんと伝えるのよ
『思い込みの激しい身勝手な男は女性にちかづくな~!』って。」 ティティがロジャに命じた。
「こっちで 食べ終わってからね。
どっちみち 男の人たちは勉強会開くみたいだし 僕もそこに参加するように言われているから」ロジャ
「あーあ 俺はパスしたい」レオン
「数からいえば ベルフラワーは 礼儀作法を知らない男性の方が多いですからねぇ
そういう人間たちと 同じ男として付き合っていく方法を考える為にも
参加してほしいですわ」レオンに向かってテレサが穏やかに言った。
「修道院の中だけに限って言えば、マナー知らずはライトとジョン。
これから学んでいくべきはディーとロジャね」メリー
「そろそろ 質問するにも場をわきまえるということを ロジャには教えないといけないですね」マリアも同意した。
「なんでい なんでい それって 女性の為のマナーの話じゃないのか?」
ロジャちょっとだけ偉そうに言ってみた。
「そうやって 女性を見下す物言いをするようになったことそのものが ライトの悪影響かしら」ティティがしかめっ面で言った。
「マナーってのは 年齢性別の異なる人たちが お互い一緒に活動していくときに
無駄な悶着を起こさないための約束事なんだよ」レオンがロジャをたしなめた。
「話題も 時と場を選ぶということを もっとライトは学ぶべきだというのは 僕も同感。
ざっくばらんに打ち解けることが重視されていた今までは今まで。
でも これからは もっと礼儀作法に気を配ってお互いの距離をとることを重視しないとだめだよ」レオン
「飢える心配がなくなったら 今度は人間関係とか秩序が重要になってくる。
『衣食足りて礼節を知る』
つまり 生活の心配が一段落したら いかに生きるかということを真剣に考えないと 今度は『ゆとり』の分配をめぐって 暴力と負の感情が幅を利かす集団に成り果てるということ」
リンがロジャにむかって言った。
「つまり 今までは とにかく開拓しないと生活が回らなかったから
ライトがバカをしでかしても まあまあでそれを流して、労働が最優先だったけど
今みたいに 話し合ったり噂をする暇ができてくると
ライトが 自分の感情のままに喋り散らしていると そのことで迷惑する人が増えてくるってことだよ。
しかも あいつ 悪気なくやってるから困る」レオン
「悪気がなくても 人を傷つけたり困らせるって サイテーよ」ティティ
「お互い考え方の違いがあるのですから 自分の考えや感情ばっかりを押し付けて
それが通らなければ 『失恋した』なんて騒ぐのは無礼です」
テレサとメリーがきっぱりと言った。
「つまり リンとライトは恋愛関係になかったってこと。
ただ単に 親しく話していただけなのに それを恋だの 結婚だの 失恋だのって騒ぐ方がおかしいってことよ!」メリー
「恋をするのと 親しくなるのは違うの?」ディー
「違うわよ。誰かのことを好きになっても 親しくなるかどうかは別だし
たまたま親しくなっても 好き嫌いや恋愛とは無関係ね。
ディーは ライトに肩車してもらっただけで ライトと結婚したいと思う?」メリー
「僕 男だもん。男の人と結婚しないよ」ディー
「私 女だけど 肩車してもらっただけで結婚まで考えない」エレン
「つまりはそういうこと。」メリー
「ライトは ベルフラワーに来るまで 一人でいろいろさみしい思いや辛い思いをしてたんだ。
そういうライトの苦しい思いを リンがしっかりと受け止めてくれてうれしくなって そのままリンと結婚したいと思いつめちゃったので リンが困ってるんだよ。」レオンが優しくロジャに説明した。
「しかも ライトは 自分の気持ちをリンが分かってくれたから
リンの気持ちも理解したいとリンにうるさくつきまとって
そのくせ リンがいくら説明しても 納得できないって騒ぐもんだから
リンが疲れちゃったのよ」ティティが補足した。
「で それを 恋だの失恋だの って吹聴するから リンがいたたまれなくなったわけ。
堂々巡りの話の渦に引っ張り込まれると困るから」メリー
「若者どうし 自分の人生について話し合うことは 悪いことではないんですけどねぇ。
それを延々と続けて 相手を疲れさせるのはまちがいです。
しかも 自分の思い通りに相手との付き合いがいかなかったからって それを不特定多数の前に持ち出すのは 完全にマナー違反です」マリア
「でも 思いつめると理性がマヒしやすいですから
日ごろから ちゃんとマナーを学んで 理性を強化&教化しておく必要があります。
だから今日はしっかり ドワーリンのお話を聞いておきなさい」
テレサが締めくくった。
「それ テレサさんから ライトに直接言ってやればよかったのに」レオン
「今迄 そこまで手が回りませんでした。
それに 男のしつけは年長の男がやるべきです。
幼いうちのしつけは 私たち女性で行いますけど
10代後半になれば 男女で感受性が変わってきますから。」
テレサの言葉にリンもうなづいた。
食事の終わったリンは ロジャを見て説明した。
「私は 修道院にいるみんな、一人一人のことがとても好きよ。
大切に思っている。
だから 自分の力のすべてを使ってあなたたちを守った。
あなたたちを守り抜くために 私の為なら自分の命を懸けてもいいと思ってくれているドラやフェンとともに、この星を守ったわ。
私 ドラやフェンの命を危険にさらすようなことは絶対にしたくなかった。
でもフェンもドラも 私があなたたちを守るために自分の命を失うのを見ていることはできない
私の命が失われないように 先に自分の命を使い切るって はっきりと私の前で実行したから、
湯気の地の事件の時に。
だから 私は 自分の命を使って誰かを救おうとするのはやめたの。
安全策をとるために、今回のアンデッド戦と浄化戦では あらかじめフェンとドラの力を借りることにした。
なのに ライトにとっては 「好き」という感情がすべてに優先しているの。
そして彼は 私を彼につなぎとめようとするの。
ちょうど 以前、ジョンが自分の感情をなによりも優先すべきだと言って
ベルフラワーの運営会議でごねたのと同じ。
それもこれも あなたたち男の子と 私とでは感覚が違うからかもしれない。
あるいは単純に 彼らがバカなだけなのか。
でもね 感覚がちがおうと 物事の理解力が根本的にかけていても
仲間の心を自分の感情に従わせようとしてはいけない。
その為の「マナー」なのよ。
感覚・感性といった 言葉では納得できない部分が、違う相手とも
一緒に仲間づきあいしていくための約束事がマナー。
その根本が身についていない人たちは、けっきょく最後は力づくで相手を自分に従わせようとする
それが目で見てわかりやすい身体的暴力だったり、
言葉や態度や行動で相手の心を支配しようとする 回りくどい絡め手であるかは別にして。
『君のことが好きだ。大切だ』と言いながら、相手の心を縛ろうとするのが一番卑怯よ。
悪気なくそう言うことができてしまうのが問題なの。
だから そういう気持ちのすれ違いで他人を傷つけないためにも
『マナー』というものをきっちりと学んで 身に着けてね。
『マナー』があっても 人と人との間には 気持ちや感情のすれ違いや 感覚の違いから
いろいろ あれこれ起きるときは起きるけど、
その時に生じるお互いの心の傷を 小さくするのも『マナー』だわ。
『マナー』のない人は、ちょっとした行き違いがあっても、時として相手を深く傷つけて
あげく 自分が相手を傷つけたことを認めることもできずに 相手の心を壊したり命を奪っても
自分が悪いと反省できなくなってしまう。だから困るのよ。
私とライトの間がらは そこまで悪くなってないけど
さすがに 彼のとんちんかんぶりには私はもうお手上げ。
それこそ『悪い奴じゃないけど マナーがないから・・もう限界』って感じね。
マナー知らずの人間ほど、自分が納得できたとたんに
『知らなかったんだ』と言い訳をして だから『許してくれ』だの「ちゃんと説明してくれなかっただの』とさらに自分の感情をぶつけてくるから嫌なの。
結局徹頭徹尾 自分の感情が最優先だから。
納得できなかろうと なんだろうと、お互いの間に気持ちのすれ違いが生じていることに気づく感性と ずれがあったときには いったん相手との距離を置いて理性を働かせる訓練が全くできてない
それが 『マナー知らず』よ」
「リンは 今まで 忍耐強くライトと付き合っていたと思いますわ」テレサ
「我慢しすぎよ」マリア
「だから ロジャ、あなたも そのマナー知らずの一人にならないように しっかりとマナーの勉強をして!
あなたの不作法・無神経を もう子供だからで許すことができない時がきているのよ。」ティティ
「わかった。これからは もっと口に気を付けます」ロジャ
「生意気言ってごめん」ロジャ
「マナーを破って見せることが 大人ぶることではないわ」メリー
「お行儀が悪い と マナーがない の違いを明確に言葉で説明しにくいのが難点なのよねー」
リンがぼやいた。
「お行儀が悪いは 一時的に回りを不愉快にさせる行為
マナーがないのは 人の心を傷つける行為です」テレサがあっさりといった
「だから注意されたときに 相手を不愉快にしたり困らせたから注意されたと気づく感性があれば
すぐに態度を改める必要に気が付くはず。行儀・マナーの違いに関係なく。
たとえかすり傷でも 人の心を傷つけたと気づく感性があれば マナー違反なんてできません」
テレサは ピシりと付け足した。
「わかりました。これからもっと気を付けます。
今まで すみませんでした。
『大人ぶっても許してもらえるだろうと甘える』なんて子供っぽいことして ごめんなさい」
ロジャは真面目に反省した。
・・・
物理的な心配事が一段落着いたベルフラワーでの
新たな課題が明確となった。
季節は夏 もうすぐ2度目の創立記念日を迎える朝のできごとであった。




