第44話 尻ぬぐい
スレイン国で あれこれしていたら、リンド国で狼煙が上がっているとアトスから念話が来た。
視覚を共有すると「新王招聘」のろしだった。
コーチャンは何をやっている?
リンはスレイン国で見せている成人姿でリンドの王城にとんだ。
形式的に城門の前に姿を見せると 衛視が腰を抜かした。
「レイスだ ゴーストだ 幽霊だ!」
「おだまり! 城門の衛視ならアンデッドの識別くらい正しくしなさい!
しかも私は人間です。
狼煙にこたえてきたのに アンデッド扱いするなら帰ります」
門脇の控えから近衛兵が飛び出してきて敬礼した。
「失礼ながら お名前を」
「リン・リンド」
「身分を証明するものは?」
「私の目の前にアンデッドを連れてきたら消してあげます」
門の外にいた片腕の老人がひざまずいた。
「姫様! 大きくなられましたな!」
彼は 腰を抜かしている兵に呼び掛けた。
「早くセバス殿をよんで来い! わしら老兵の証言では足りぬというのなら!」
傷病兵たちはいずれも アンデッドに蹂躙されているところを リンに助け出されたものたちであった。
シンドバッド将軍は弱い魔力を持っていたので、リンの魔力を識別することができた。
「こっちは不眠不休でアンデッド退治して 今も結界を張り続けているのに
勝手に呼びつけてこの扱い
さらに待たせるというなら 椅子とお茶ぐらい用意しなさい!」
近衛兵が敬礼し 控室から椅子と水筒を持ってきた。
礼を言って椅子に座った。
水筒の中の水のにおいをかぎ 少し流してみたが 見たところ異常はなさそうだった。
「この城での水は足りてますか? 飲み水で具合が悪くなった人は?」
「いません。」
「そう。水と食料の汚染には気を付けるように。
水筒ありがとう。中身をこぼしてしまってごめんなさい」
水筒を返却した。
よたよたとセバスがやってきた。
彼もまたひざまずき「新女王万歳」といった。
傷病兵たちは 大きな声で「万歳万歳 女王万歳 姫さまおかえりなさい」と叫んだ。
「現在王城の中にいる者たちの中で上位10名私の前に順番に並びなさい」
先ほど椅子を持ってきた近衛兵が申し訳なさそうにリンの前で敬礼した。
「目下陛下の臣下の中で最上位は私であります。
近衛隊長フィールド・バンデッドであります」
「門の外に集まっている者たちの現在の身分は?」
「傷病退役した者たちは一般市民となります。
現在300名を一時的に衛兵身分で仮採用しております
王のご許可をいただきたく シンドバット元将軍の助言により狼煙を上げさせていただきました。」
最初に膝まづいた片腕の老人が、敬礼した。
「コーチャンはどこにいるの?」
「現在 寝室で苦しんでおられます。」
「おかしいですね」
リンは コーチャンの寝室に転移した。
バンデッド隊長と、リンをレイス呼ばわりした近衛兵を抱えて。
バンデッド達は 王の居室に着くと、思わず膝をついた。
彼らは魔法について何も知らなかったので 驚天動地の思いをしたのだ。
リンは つかつかとベッドに歩み寄ると、布団をはぎ取った。
コーチャンは静かにベッドの上に横たわり 目を開いた。
「ご気分いかが?」リンはにこやかに尋ねた。
「ベッドから出たくない」コーチャン
「とっとと仕事をしろ!」リンは怒鳴った。
「王様は君。僕は一般市民」布団を手繰り寄せながらコーチャンは言った。
「ざけんな! 貴様をただいまより宰相に任命する。」
リンはピシりと言って、コーチャンの襟首をつかんで放り投げた。
コーチャンは猫のように宙返りして きれいに着地した。
バンデッド達は唖然とした。
(まさか 仮病だったのか??)
(えっ あの軟弱とうわさの高いコーチャンが こんなに身体能力が高かったのか?)
ぽかんと口を開いて コーチャンを凝視している兵に 元王はにっこりと微笑み声をかけた。
「どう?僕すごいでしょ。能ある鷹は爪を隠すってぼくのことよ」
近衛の二人は「俺たち 今まで こんな人を王に頂いて命をささげてきたのか?」と思うと
再び膝の力が抜けた。
・・・
リンに急き立てられて、コーちゃんたち3人は王門まで歩いて行った。
王門前広場には300人の退役軍人と98名の近衛兵が整列していた。
リンに付き従っていた二人もすぐに所定の位置に着いた。
セバスもよたよたと走ってきてリンの横に立とうとしたので、
リンは退役軍人の列に並ぶように 手でセバスを追いやった。
コーチャンは401名を前に、リンに譲位したこと、その理由、リンが今や リンド国・スレイン国の王であるだけでなく 両国を含む大陸の王となったことを告げた。
そして自分は静かに余生を送りたいといった。
バンデッド近衛隊長は リンの許可を得てから発言した。
コーチャンが仮病を使って ベッドの上でシーツをかぶって寝ていたところを目撃したことを。
同行した兵も隊長の証言を裏付けた。
というわけで リンは改めてコーチャンを宰相に任命したことを皆に告げた。
「僕は正式に譲位したんだから 休む権利がある!」叫ぶコーチャン
401人が一斉にブーイングした。
「だってぼくすべて宰相まかせでサインするだけの人間だったから仕事できない」
バンデッドは再びリンの許可を得て、自分が目撃したコーチャンの宙返りと、コーチャンの自慢げな言葉を報告した。
シンドバッド元将軍が手を挙げて発言の許可を求めた。
「非常時に 能ある鷹が命令を拒否して怠けようとした場合は、むち打ちまたは焼き鳥にするのが適当かと存じます」
400人が一斉に「火あぶりにしろ! 鞭打ってでも働かせろ」と叫び出した。
リンは 片手をあげて兵たちを制した。
「コーチャン、
あなたが王座に座っていた時に任命した宰相は 今何をしているのですか?」
リンは 穏やかに尋ねた。
「彼が苦しみながら書いた告白書がここにあります」衛生兵の一人が、鞄の中から書類を取り出した。
「私もその場に立ち会いました。間違いありません」老兵の一人が言った。
「ならば コーチャン てめーの仕事をしろ。
宰相の任命を間違えた責任取りやがれ」
リンはコーチャンの胸元をつかんで持ち上げた。
コーチャンの足は むなしく空をけった。
「補佐を 仕事を教えてくれる人を」哀願するコーチャン
リンはパット手を放し コーチャンはどさっと落ちることなくスタッと立った。
「セバス あなたは大司教として 教会が 私リン・リンドに帰順する宣言を出しなさい。
そのあとコーチャンの補佐を務めなさい。
バンデッド あなたを国防大臣に任命します。近衛隊長と兼任で事態の収拾を」
「シンドバッド元将軍、あなたにはバンデッドの補佐とセバス・コーチャンの監督をお願いできますか?」
「謹んでお受けいたします」
バンデッドとシンドバットは腕を胸に片膝をついた。
「私は 古の約定と スレイン国王とリンド国王からの請願に基づき、リンド国・スレイン国をの王位を譲り受け さらに両国を含むこの大陸の王となりました。
リンドもスレインも 阿呆な前任者どものおかげで アンデッドに魑魅魍魎が跋扈して自分達ではどうしようもないから後かたずけを頼むとふざけたことを言われました。
なので、リンド国とスレイン国を廃止し、今後はリンド領・スレイン領とします。
王位簒奪者の息子にすぎぬコーチャン
お前が不正に王座についていた年月分のしりぬぐいぐらいてめーでやれ!
手を抜きやがったら 業火で50年あぶり続けてやるから覚悟しろ!」
リンはすごむだけすごむと 「10日後にまた来る」と言いおいて姿を消した。
・・
リンが姿を消すと コーチャンはセバスをにらんだ
「リンにすべてをばらしたのか?」
「不敬です。リン女王陛下と呼びなさい」セバスとバンデッドがハモった。
「宰相殿 怠けるならば 女王陛下の手を煩わせる前に 私がこの手で掲揚台にぶら下げて差し上げます」バンデッドはそういって 形式的な敬礼をした。
シンドバットは リンから念話で送られた情報に基づき指示を出した。
「近衛は10名づつ4班に分かれて、地方へ行き、罪人の自白の記録をとったのち、
罪なき者を王都につれもどること。
私は近衛兵15名をお借りして3班に分かれ、私も含めた3人の老兵が案内係をつとめて、王都内の探索を行いたい。
正気の人間は 大聖堂で預かっていただきたい。
バンデッド殿には残りの者を指揮して①王宮内の罪人を一か所に集めて調書を作成②聴取後の罪人はまとめて収納して見届ける ③王都の罪人を集めて調書作成・収納・見届けをお願いしたいがいかがな?」
「それが良いと思います。
して セバスと宰相の役割は?」バンデッド
「宰相殿には 街の探索に付き合っていただくことからはじめましょう。
セバス殿は これから10日間は大司教として聖堂の罪人どもを見届けていただかねばなりませんし
教会解散に向けた手続きもお願いしますよ。
その後は、全土の生き残りを王都に集合させ、名簿をつくることと、新たな仕事の割り振り
浄化されたものたちの罪状の公表などなど書類仕事を宰相殿と頑張っていただきましょう」
とにかく 宰相のサイン入りの指令書と決済印がなくては回らぬのが行政なので。




