第9話 畜羊計画・・の前に反省会
家畜などを飼い育てることを「畜養」というらしい。
だったら 羊の飼育計画のことを「畜羊計画」と言ってもいいだろう。
羊の繁殖ラッシュが3月中旬まで続きそうだから、
昨年9月に計画した、羊の種付け第2弾3月~5月編は どうしよう?とリンに相談した。
すると リンは フェンから聞いた話として、羊の種付けは8月末~12月の短日性季節繁殖動物だと言い出した。
「そんな話聞いてねぇ。
そもそも 羊なんて不規則に発情して そのくせちっとも受精しなくなってたんだから」
「もしかして 飼育舎の明かりをつけっぱなしにしてたとか
冬場のほうが 日暮れが早いから逆に家畜舎の中では長く明かりをつけてたとか?」
リンがおそるおそる尋ねた。
「その可能性もなくはないが・・
俺が物心ついたころには 家畜は洞窟の中で育てたり、逆に1日中あかりのついている家畜舎で飼ったりしていたからなぁ」
「どうして?」
「泥棒対策だよ。
羊は 肉と乳と毛皮があるから 金に換えやすいって 狙われやすいんだ」
「あと 時々 変な羊も売りに出されたし」とムギは思い出したように付け足した。
「変な羊?」
「体が大きくて 繁殖力が高いが すぐに死ぬんだ。
でも 雌羊が確実に子を産むから 教会から売り出されたらみんな競って入札に行ったな。
だから どこの牧場で子羊ができるか すぐにわかるし盗賊に狙われる。
それで 羊を洞窟に隠したり、逆に1日中明るいところに置いて見張ってたんだ」
「羊も羊飼いもみんな苦労してたのね」リンはため息をついた。
「だからその、9月にたてた繁殖計画が いったん保留というか なんというか」とリンは口ごもった。
「やれやれ 食肉提供計画のたてなおしか」今度は ムギがため息をついた。
・・・
重労働の成人男性が1日当たり必要とする肉量は160g
現在ベルフラワーの通常食を必要とする労働人口は42~43人
「このあいまいな1名はなんなんです?」ムギ
「エフライム 彼は一応通常食に戻ったから。
その割に 自給自足するとかって強がってもいて、よくわからないの」リン
「じゃあ、ベルフラワーで1日に必要な肉量を7キロとしましょう。
その方が計算が楽だから」ムギ
「それとですね、昨年9月に計算したときの基準が間違ってましたよ。」
おもむろにムギが切り出した。
「あの時 体重50キロの羊からとれる肉は41キロって言いましたよね。
なんかおかしいなぁとは思ってたのですが、やっぱりおかしいんじゃないですか?」
「えっ?」リンは驚いて資料を引っ張り出した。
「枝肉23キロ 正肉量18キロってあるけど」
「あっ それを足して41キロって言ってたんですか。
あのね 枝肉ってのは、血・皮・骨・内臓などを取った食べられる部分のことです。
正肉ってのは、いわゆる「お肉」として料理に使う部分ですね。余分な脂肪とかケン(白い筋)とか膜とか取り除いた分のことです。
俺もよく知らないんですが、枝肉の中には、骨付き肉として調理する部分も含まれているらしいから。」
「じゃ もしかしてベルフラワーでは ずっと肉不足が続いていたってこと?」リンが 恥ずかしさで真っ赤になって尋ねた。
「それがそうでもないんです。
いいですか、生きている羊の体重の中には毛も含まれるんです。
そして リン様が連れてきた羊はですね、おれが実際に世話をしていて気が付いたんですけど、
①生後12か月までは 羊毛はそれほど伸びない
それ以後、羊毛が伸びだす。
②生後6か月で体重100キロ、12か月で200キロになる。
ただし、この100キロとか200キロとかいうのは それくらいの肉が取れるだろうっていう俺の勘です」
「へっ?」あっけにとられるリン
「あのね 生きてる羊の体重をどうやって測るんですか?。
俺はね、刈り取った羊毛の重さとか、ばらした後に残る肉の重さは測りますが、生きてる羊の重さなんて計ったことないです。」
ムギは真面目な顔をしていった。
「でもね 子供のころからずっと羊と一緒に暮らしてましたから、
羊の見た目と手で触った感触から なんとなく この羊なら、どれくらいの毛が取れるかなぁとか 肉が取れるかなぁってわかるんです。
餌代は節約しないとだめだし でも高く売るには品質が大事で餌をケチってはいけないから そういう 見極め・売り時の見定めってのは 死活問題なんですよ」
「はい」
「それで、あの黒丸羊ね、あれ1頭から肉がどれだけ取れたか マリア達にその都度尋ねたんですよ。
あの羊たち、筋張っていたけど とにかく体は大きかったですから。
そしたら、どの羊も1頭あたり枝肉にして100キロぐらいあったそうです。
といっても 骨とケンが太かったそうですが。
だからまだ、ここで飼育していた若いほうの子羊はまだ食べてないと思いますよ」
「え~ どういうこと?」
リンは あわてて フェンに念話を送って問いただした。
「あーそのことなら そろそろ話そうと思っていた。
とにかく おまえさんのアカシックレコードとやらは しょせん異世界の記録で ここでの実情に合わんと思ってな、様子を見ておった」
フェンは 念話でのんびりと返事をよこした。
「それで若いほうの子羊はどうしたの?」
「一応 毎月雄雌1頭づつフェンが持っていったよ。
フェンはサンプル調査のためにあずかっておくと言って 生きたまま空間収納すると言っていたから。
残りは ここで飼育してた。ちゃんと観察してるから。」
「でも この前、若いほうの雄羊25頭は全部収納したって言ってなかったっけ?」
「あの時、羊を収納したのはフェンだったろ?」
ムギはバツの悪そうな顔で言った。
「ええ」
「あの時 フェンは、若い方の雌羊を主に収納して数を合わせていたんだ。
おれ リンに返事した後で、気が付いたんだけど、フェンに口止めされたんだよ。
羊に関しては リンの頭は混乱しっぱなしだからフェンにまかせろって言われて。俺も その数とか計算とか苦手だから ついまかせてしまった。ごめん」
「本当なら しばき倒すところだけど・・
私も計算違いしてたから、殴り倒すのはやめとく。
でもね、私が間違っているときは きちんと指摘するのが誠意というものです。
フェンと一緒になって 人をだますのはよくない。
フェンには あとで蹴りを入れておく」
リンのコワイ顔に身のすくむ思いを味わったムギは、謝罪した。
「ほんとにすみません。
でも 計画とか立てるときは おれじゃなく レモンと一緒に計算してください。
俺 ほんとにわからないし 頭が付いていかないから。
俺は羊とか家畜の世話ならできるけど それ以外無理です!」
「わかりました。
私も わかってないのに 計画建てることを先行しちゃってごめんなさい」
「でも ほんとに あの頃は肉不足の記憶が強烈でしたから。
仕方ないです。」ムギ
「一体全体 あの食糧不足は何だったのか、 ますますわけわかんなくなっちゃった」と首をひねるリン。
「ツッチー達は 俺達の3倍くらい肉を食べて 『腹減った」って文句だけはひっきりなしに言ってましたからね。
あれで 領主様は精神的に参ってしまわれたんじゃないですか。
俺達も ずいぶん惑わされましたし、あいつらの勢いを止めることもできませんでした。
そのことは 悪かったと思ってます。
あいつらが5月末までいましたからねぇ。
計画を立てたのは9月だったから、それまでの食肉消費量が適切だったかどうかなんて・・今から思うと不適切の一言みたいでしたから。
俺もまだ「肉不足コワイ 責められるのもう嫌だ!」って思いが強かったです。
すんません。
むしろ そっからあとの記録をもとに これからを考えた方がいいとしか言えなくて。」ムギ
「そっかぁ。とにかく 少しでも適正飼育・食料確保と無駄のない消費を実践していくよりほかないよね」リン
「はい。」
それから少し考え込んで、ムギは話を続けた。
「あの会議の後から マリアは毎日使う食材の重さを計るようになったし
俺も マリアの記録を時々見せてもらうことにしたんです。
なんかこう 「足りない」って言われたときに、それが個人のわがままなのか、本当に必要量が足りてないのか判断する目安ができて良かったです。
あの「1日の栄養所要量」とかって数字のおかげで。
目安があれば、作った量とか 使った量とか具体的な数字にも意味が生まれるじゃないないですか。
基準がなければ、「うるさい 俺様が足りないと言ったら足りないんだ」で押し切られてしまいますからね。
そんなの いちいち調べる気にはならなかったんです」
「なるほど」
「だから リン様が計算違いしてても実害がなかったです」ムギ
「でも 正しい数字の報告はしないとだめ
でないと 今後着服とかの問題が生じても、みすごされることになりかねないわ」
リンの言葉を聞いて 「うぇー」と頭を抱えたムギであった。
「それって 報告を怠れば そういう疑いをかけられるってことですよね」
「あなたって そういう計算だけは しっかりできるのね」と言って
リンはパコッとムギの頭を叩くふりをした。
リンは遠慮して 頭には触れなかったが リンの手の動きにより風がピュッと吹いて ムギの髪は逆立った。
(参考)
正肉と枝肉の違い
http://www.nlbc.go.jp/hyogo/tishiki/yougo/




