名もなき兵士の詩
☆1☆
御早う。
幼さの残る少年兵が挨拶をする。
御早うございます。
同じ年頃の少女兵が挨拶を返す。
少年はJ国、少女はC国の学徒兵だ。
大戦後。
不足した大人にかわり、
少年少女たちが徴兵された。
彼らは戦略的に価値の無い、
国境守備隊に配属される。
二人は3ヶ月前、配属された。
J国側の国境に少年兵が一人、
C国側の国境に少女兵が一人。
朝夕、
二人は国境ぞいに巡回をする。
そのたびに二人は顔を会わせ、
自然と挨拶を交わした。
時には世間話もする。けれど、
二人が越境した事は一度も無い。
境界に柵は無いが、
国家という名の壁がある。
渓谷を吹き抜ける風、
流れる河川、
鳥に獣に昆虫、
時には植物の種子でさえ、
自由に行き来するのに、
心の壁が、それを許さない。
季節は秋。
ようやく涼しくなりましたね。
これから過ごし易くなりますね。
他愛ない会話。
それだけで二人は幸せだった。
ある日、
軍からビデオが届く。
少年兵が見ようとすると、
扉を叩く音がする。
開けると、少女兵がビデオを抱え、
大至急視聴せよ。
と、指令が書いてあるのに、
ビデオデッキが故障して、
見るに見れない、と言う。
国境侵犯だが、困った時は御互い様、
丁度、僕も見る所です。
一緒に見ましょう。
助かります。少女兵が礼を言う。
二人は並んでビデオを見る。
少年兵のビデオの内容は、
J国の軍隊が、
侵攻するC国の軍隊と、
勇ましく戦う戦争映画だ。
J国軍の兵士一人一人が、
国家、家族、友達、恋人を守る為、
正義を貫いて戦う。
少年兵は映画を見て感動する。
少女兵は悲しげだ。
少年兵は少女兵が、
C国の兵士である事を思い出す。
自国の兵士が倒されれば、
良い気分はしない。
次に少女兵のビデオを見る。
少年兵のビデオとは真逆の内容で、
今度は少年兵が気分を害する。
ビデオを見終わり、気まずい思いで、
少女兵は基地へと帰隊した。
この世界には、
人の数だけ正義が有り、
正義こそが人を傷付ける、
大義名分と成り得る。
初めて二人は、それを知った。
翌日、
軍から大量の物資が、
二人に支給される。
倉庫に収納するだけでも、大仕事だ。
段ボールの山の前で、
少女兵が途方に暮れる。
見かねた少年兵が少女兵を手伝う。
国境を越えた時、少年兵の心は、
少しだけ軽くなる。
収納作業は日暮れまでかかり、
お礼に少女兵が夕食を振る舞う。
粗末な配給食ながら、
一工夫された料理の数々に、
少年兵が感嘆の声をあげる。
これだけ美味しい料理を食べたなら、
明日、戦死しても、僕は後悔しない。
少女兵が少年兵をいさめる。
死んでは嫌です。生きて帰って、
天寿を全うしてください。
少年兵は口が滑った事を謝る。
楽しい晩餐は瞬く間に過ぎ去り、
少年兵は基地へと帰隊した。
翌朝、
少年兵が巡回に出かけると、
少女兵が銃を片手に、
少年兵を待ち構えていた。
鉄砲の使い方を教えて下さい。
軍の指令に鉄砲の操作に習熟すべし。
と、あるのです。
僕も実弾訓練は数回しかありません。
言いながら少女兵に、
銃の手ほどきを行う。
大量に送られた物資のほとんどは、
武器弾薬だ。
渓谷に雷鳴のような轟音が響く。
二人は折り重なるように倒れる。
射撃の反動で倒れたのだ。
少女兵が少年兵の、
広く温かい胸の鼓動を感じる。
少年兵が少女兵の、
柔らかい髪と優しい香りを感じる。
二人は慌てて離れ、
笑いだす。
そんな風に、
平和な1日が過ぎ去った。
しかし、
平和は長続きしない。
腐った大人たちが、
戦争の準備を進める。
無関心な大人たちが、
全てを諦める。
良識有る大人たちは、
少数で無力だ。
少年少女たちは、
何も知らずに、
いつの間にか、
運命の日を迎える。
黒雲が空一面を覆い、
小雨が降りしきる暗い朝、
ウーーー!!!
非常事態を告げる、
サイレンが鳴り響く。
少年兵はベッドから飛び起き、
軍服に着替える。途中、
表に車の止まる音がする。
少年兵が外に出ると、
軍用ジープから、
男性士官が降りて、こう告げた。
本日、
マルロクサンマル時をもって、
我がJ国はC国との交戦に、
すなわち、戦争に突入した。
幕僚本部の命令は、
全軍、玉砕覚悟で敵兵を殲滅すべし、
である!
兵員番号4N7E8は、
これより国境へと向かい、
C国側の基地を制圧すべし!
少年兵が呆然としていると、
何を呆っとしている!
J国軍人たるもの拙速を尊ぶべし!
進軍開始!
男性士官にどやされ、
少年兵は国境へと向かう。。
国境付近で女性士官に急き立てられ、
少女兵が進軍している。
国境を挟んで、
少年兵と少女兵が対峙した。
男性士官が叫ぶ。
C国の兵士を早く撃て!
構え筒!
号令に従い、
少年兵が銃を少女兵に向ける。
少女兵も女性士官の号令に従い、
少年兵に銃を向ける。
士官が同時に命令した。
撃て!
二人の兵士は、
撃てなかった。
何をしている! 撃て! 撃つのだ!
士官の怒号が飛び交う。
それでも、
二人は撃てなかった。
二人の銃口が地に落ちる。
少年兵が言う。僕は…
死んでも彼女を殺す事は出来ません。
少女兵も言う。あたしは…
決して彼を殺す事は出来ません。
少年兵が続けた。
戦いたいなら、
あなたが戦ってください。
男性士官が答える。
士官は頭であり、
兵士は手足である。手足は失っても、
交換が可能だが、頭はそうはいかん。
それゆえ、士官は常に安全な場所で、
作戦の指示、命令を行い、
危険が迫れば撤退する。
少年兵が、
あなたは戦わない。という事ですね。
それが世界の戦争の常識だ!
頭さえ失われない限り、
我々は、
永遠に戦争を続ける事が出来る!
少年兵と少女兵は、
一緒に武器を投げ捨てた。
そして、
互いに歩み寄る。
二人の士官が同時に言った。
敵前逃亡と見なし! 射殺する!
少年兵が少女兵に言った。
平和な時代なら、
きっと…誰もが、こうする筈だ。
少年兵が右手を差し出す。
ええ、きっと…お互いに、
手を取り合いながら、力を合わせて…
少女兵が、その手をつかもうとする。
その瞬間、
その場に
一条の光が差し込んだ。
まるで二人を祝福するかのように。
雨は止んでいた。
代わりに別の雨が降る。
二発の銃声は、
消える事なく、
いつまでもいつまでも
渓谷にこだました。
☆完☆