少女と氷魔法
「それにしても、この子はどこから来たんだろうな。こんな傷だらけで、しかも連れはいないみたいだし」
「うーん、迷子とか?」
「いや……多分それはないだろう。迷子なら親の名前を叫んでるだろうし、こんなに傷だらけな意味もわからない」
望は少女の状態からそう判断する。しかし、ティアナは首を傾げて残る疑問を話した。
「傷だらけなのは魔物に襲われたからとかじゃないの?」
「いや、こんな小さい子が魔物に襲われたら逃げ切れないだろ」
「それもそうね……あっ、目を覚ましたわ!」
二人が会話をしていると、少女が目を覚ました。綺麗な金色の双眸が望とティアナを捉える。だが、何も言葉を発さない。
「えっと、大丈夫?お名前分かるかな?」
ティアナはいつもよりも優しい口調で少女に尋ねる。少女は一瞬だけティアナの方を向くと、何も話さずに下を向いてしまった。
「じゃ、じゃあ、お母さんかお父さんがどこにいるか分かる?」
ティアナは少女から話を聞き出そうとするも、依然として少女は下を向いたままだ。
「の、望……」
少女に無視され続けたティアナは心が折れて望に助けを求める。望はどこか不憫に思えて、ティアナの代わりに少女に話を聞くことにした。
「大丈夫だ。ゆっくりでいいから話してくれないか?」
少女はジッと望を見つめる。それに対抗するように、望も少女をジッと見つめた。特に何が起こる訳でもなく、ただただ時間が流れていく。そして、とうとう少女が口を開いた。
「……シェーネ」
少女がそう言うと、望とティアナは顔を見合わせた。そして、再度確認を取る。
「君の名前はシェーネか?」
「……うん」
シェーネは一切表情を変化させずに頷く。望はそんなシェーネに優しく微笑む。
「そうか。どこか痛いところはないか?」
望の問いにシェーネは首を横に振る。望の見立て通り、深い傷はなかったようだ。
「シェーネはどうしてこんな森の中にいるんだ?」
「……分からない。何も、思い出せない」
「そうか……」
望はティアナが自分の肩に手を置いたことに気づく。ティアナを見上げると、彼女はとても心配そうな顔をしていた。それも仕方ないだろう。こんな小さな子が多くの傷を負い、まったく表情の変化を見せず、そして記憶すらないのだ。確実に身体的、そして精神的に何かがあったと窺える。心配もするだろう。
「でも、一つだけ、覚えてる」
シェーネは細々と話し始めた。自分から話をするのは初めてなので、二人とも食い入るように聞いた。
「倒れる寸前に、光を見つけた。大きくて、とても眩しい光。私は、それに向かって、歩いた。それが、あなた」
シェーネはそう言うと、望を指差した。望は何のことやらと考えるが、その答えはすぐに出た。ティアナも気づいたようで、二人は互いに顔を見合わせた。
「「あの雷!」」
二人はシェーネの言っていることが分かったと思い、同じタイミングでその答えを言った。しかし、シェーネは首を横に振る。
「違う。あれは、あなたに気づくキッカケ。光なら、今もあなたから出てる」
望はそう言われてティアナの方を向く。つまり、俺ってそんなに光ってる?と、口では言わずに聞いているのだ。それを悟ったティアナは否定の意を示す。
「なあ、シェーネ。俺ってそんなに光ってるのか?」
「うん、キラキラ」
望はシェーネの言う光がなんだか分からずに混乱する。すると、ティアナが何かを思い出したかのように声を上げた。
「あ、そういえば!」
「ど、どうした?」
「聞いたことがあるの。稀に他人の魔力を見ることができる人がいるって。ほら、魔法の発動時にたまに魔力が光の粒子みたいに見えることがあるでしょ?あれをいつでも見ることができるらしいの。この子もそうなんじゃないかしら?」
「シェーネ、そうなのか?」
シェーネはコクリと頷く。
(たしかに俺のステータスは魔力が多めだったけど……そんなにキラキラしてるんだな。知らなかった)
それから望とティアナは話し合い、シェーネのことを冒険者ギルドに伝えることにした。冒険者ギルドで情報を共有することで親族を探しやすくなると、ティアナが提案したのだ。
「それじゃあ冒険者ギルドに行くか」
望が立ち上がるとシェーネも一緒に立ち上がる。そして、望の服の裾を掴んだ。望は少し微笑むと、シェーネの頭を撫でた。
「ほら、早く行くわよ」
ティアナに促されて望とシェーネは歩き始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ティアナ」
望がティアナを呼ぶ。ティアナは呼ばれた理由を分かっているようで、先に本題を話し始めた。
「近くにいるわね。まだこっちには気づいてないみたいだけどどうする?」
「こっちから攻める必要はないだろ。このまま通り過ぎるぞ」
二人は近くに魔物があることに気づいており、そしてそのままスルーすることにした。しかし、現実というのはそう上手くいかないものである。
「静かに行くぞ」
「ええ、分かったわ」
「うん……くちゅんッ!」
望が小さな声で二人に指示を出し、二人ともそれに答えた。だが、シェーネが答えた瞬間にくしゃみをしてしまった。当然、それは魔物にも聞こえているわけで……。
――グギャァァァァ!!!
三人から少し離れた場所から三つ首の恐竜のような魔物が叫び声をあげて飛び上がった。望とティアナは飛び上がった魔物を見て、そのあまりの大きさに驚きを隠せずにいた。
「なあ、ティアナ。あれはなんてバケモノだ?」
「バ、バケモノじゃなくて魔物よ。たしか、ノルギリウスって魔物だったかしら。お婆さまの話では防御力がすごいとか」
「そうか。よし、逃げるぞ」
望はそう言うと、シェーネの手を握って一目散にその場から退散する。
「ちょ、待ちなさいよ!」
ティアナも望を追いかけて走る。チラッと後ろを確認すると、そこには追いかけてくるノルギリウスの姿が。
「きゃあぁぁぁ!!来てる!追いかけてきてる〜!」
「ちっ、仕方ない。再現魔法『落雷』!」
望は追いかけてくるノルギリウスに落雷を放つ。眩しい光、そして大きな音を出した雷がノルギリウスに直撃した。だが、しかしノルギリウスはまるで何事もなかったかのように平然としている。
「うん、ダメだ。逃げるぞ」
その光景を見ていた望はやはり逃亡を選択。ティアナも逃げようと走り出すが、そんな二人を引き止める人物がいた。
「大丈夫。私に任せて」
シェーネは望の手を振り解き、その小さな両手をノルギリウスに向けた。すると、シェーネの周りに青白い光の粒子がポツポツと現れる。
「シェーネ!」
「なんていう魔力なの!?」
シェーネの異常な魔力にティアナは思わず目を見開く。尚も光の粒子は増え続け、限界まで達した時にシェーネは魔法名を叫んだ。
「『紅蓮氷結』」
シェーネの手元に大きな魔法陣が現れ、そこから棘のような氷がとてつもないスピードでノルギリウスめがけて伸びていった。そして、その氷がノルギリウスの胸に当たるとそのまま貫通し、背中から出てきた氷が蓮の花の形に変形した。
――ギャァァァァ!!!
ノルギリウスは出現した時とは少し違う叫びをしてジタバタと暴れる。しかし、貫通した氷はビクともせず、やがてノルギリウスはぐったりとした。
「た、倒したの……?」
ティアナは呟く。望はある有名なフラグを思い出して、(こいつ強くなって蘇るんじゃ?)と思ったが、シェーネが解除するとそのまま地面に落ちて動かなかったので安心した。
「シェーネ、今のは……」
「私の魔法。敵は死ぬ」
「物騒だな!」
シェーネのボケなのか本当なのか分からない説明にツッコミを入れる望。それに対して、ティアナは未だに固まっていた。
「ティアナ?」
「あ、あり得ない……。こんな小さい子がノルギリウスを倒すなんて……」
「おーい、ティアナさーん」
「な、何よ!急に呼んだらびっくりするじゃない!」
「全然急じゃないんだけどな……」
ティアナに逆ギレされて少し落ち込む望。そんな望の袖をシェーネが引っ張った。
「行かないの?」
「あ、ああ行こうか」
望はシェーネの手を握って王都に戻ろうとする。だが、ティアナがそれを止めた。
「ちょっと待って。ノルギリウスの討伐証明部位を回収するから」
「でも、そいつはクエストの対象じゃないだろ?回収しても意味ないんじゃないか?」
「ダメよ。ノルギリウスは本来こんな王都近くの森の中にいる魔物じゃないのよ。だからギルドに報告をする必要があるわ。討伐証明部位はその証拠になるの」
「なるほどな」
ティアナはそう言うと、魔法でノルギリウスの角を切り取った。ティアナの話では、ノルギリウスの体の中で一番柔らかい場所が角らしい。
「よし、取ったわ。じゃあ行きましょうか」
そうして三人は王都の冒険者ギルドに戻るのだった。
もし面白いと思っていただけたら、評価、ブクマなどなどお願いします。作者が歌います。