特別依頼
「おい、あれって……」
「"鉄血の女ギルドマスター"フィリ=クローシアじゃねぇか!アリシア王国のギルドマスター長がなんで帝国にいるんだよ!」
フィリのことを見た冒険者たちが口々に叫ぶ。フィリはアリシア王国王都のギルドマスターなので、驚くのも無理はないのかもしれない。若干数名は恐怖を感じてそうな声をあげているが。
「ご無沙汰してます」
「そうだね。元気にしてたみたいで何よりだよ」
ここで望はフィリのある変化に気づく。
「あれ、前と口調が違いますね」
「ああ、こっちが普通なんだよ。前は受付嬢モードって訳さ。いやはや、敬語は疲れるからね」
フィリのあまりの変わりように望は驚く。前は仕事ができるお姉さんという印象だったが、今は全然そんな感じはしない。むしろ仲のいい友達という雰囲気だ。
「え、えっとギルドマスター様」
望を馬鹿にしていた男がフィリに話しかける。
「何かな?」
「そいつが竜を討伐したって本当なんっすか……?」
「んー、本当だよ。彼が竜を討伐した望くんさ」
フィリが認めたことによって、周りの人たちは一斉に固まる。まさかギルドマスターが嘘をつくわけがないし、そうなると目の前の青年が竜を討伐したことになる。
「それじゃあ私は彼と話があるから。望くん、ちょっといいかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
フィリに呼ばれた望はシェーネを連れて、フィリの後をついていく。案内された場所はギルドの奥の談話室だ。
「それで話って何ですか?」
「まあまあ、まずは近況報告でもしようじゃないか」
談話室の中に設置してあるティーポットで紅茶を淹れるフィリ。そして、淹れた紅茶を望とシェーネに配った。
「竜を討伐した時はすまなかったね。私がいなかったせいで色々と時間がかかってしまったみたいで」
「いえ、気にしないでください」
「私はその時、ギルド本部に呼ばれていてね。そこで色々と仕事をしていたんだよ。いやー、あれはめんど……難しい仕事だったな」
面倒と言いかけてやめる辺りが、本当に思っていそうで怖い。もしかしたら、頭よりも力を重視する脳筋タイプなのかもしれない。
「君はどうなんだい?私と会ってから何か変わったかな?」
「そうですね……。強いて言うなら、剣術を習い始めたことでしょうか」
「ほう、ということはアゼロさんに剣術を教えてもらっていたのか」
「最初に剣術を教えて欲しいと言った時はとても嫌そうでしたけど……一度手合わせをしたら教えてくれることになったんですよ」
さすが王都のギルドマスターだけあって、アゼロとは知り合いらしい。弟子を取らないことで有名だったアゼロが新しい弟子を取ったことはすぐに広まっていたみたいだ。
「というか、本題はまだですか?」
「もう、君はせっかちだね。まあ、いっか。そろそろ本題に入るとしよう」
フィリは紅茶を一口飲むと、本題について話し始めた。
「実は一週間後にナラティカ帝国の帝都リーンズで、大規模なお祭りが行われることになってね。そのお祭りに私が招待されてるんだよ」
「他国のギルドマスターをですか?」
「一応、アシリア王国とナラティカ帝国は友好国って関係だからだよ。でも、王を呼ぶほど仲良くはないから、少し下の私を呼んで、互いのメンツを潰さないようにしてるのさ」
大人ってほんと面倒だよね、と言いながら、首を横に振るフィリ。一方、望はお祭りの内容が気になった。
「そのお祭りってどんなお祭りなんですか?」
「簡単に言えば、参加者たちが一対一で戦うお祭りだよ。今回は予選を勝ち抜いた一般参加者と、帝国とか来賓が決めた招待選手で行われるらしいんだ。それで、君に一つ頼みがある」
そこで頼みがあると言われた時点で大体の察しはつく。望も何をお願いされるか分かっていた。要するに……。
「フィリさんの招待選手として俺に参加してほしいんですね?」
「お、よく分かってるね!じゃあ出てくれるってことで……」
「いえ、それは無理です。俺にはやることがあるので」
望は笑顔で断る。お祭りに出ている暇なんて望にはないからだ。
「えー!お願いだよー!」
「すみませんが無理なんです」
「君が出てくれないと困るんだよ。王都支部に通ってる有力な冒険者はみんな長期のクエストに行ってるし……かといって、ヘタな冒険者を連れていけば向こうのメンツを汚すことになるんだよー」
そう言われて少し可哀想に思えてくるが、ここは心を鬼にして断り続ける。今は元の世界に戻る方が大事なのだ。
「ごめんなさい」
「そんな……あっ、そうだ!」
フィリは何かを思いついたようで、手をパンッと叩いた。
「じゃあ、こうしよう。今回、君が私のお願いを聞いてくれるのであれば、私も君の願いをなんでも一つ叶えよう。それでどうかな?」
望はそう言われて心が揺らぐ。
なんでもということは、つまり元の世界に帰るための情報も集めてくれるということだ。今はただ、この国の何代か前の国で人の召喚が行われていたという情報を元に新たな情報を探しにきただけであって、明確に新情報の場所を知っているわけではない。それを考慮すれば、フィリに頼んだ方が新たな情報が早く得られる可能性が高いのは自明の理だ。
少し迷った後、望は一つ頷いた。
「分かりました。その条件なら参加しましょう」
「本当かい?やったー!ありがとう、望くん!」
フィリはまるで子供のように喜ぶ。そんなに招待選手をどうするか悩んでいたのか。
「そうだ、お祭りの勝ち負けについては君に任せるよ。勝っても負けても咎める人はいないからね」
「分かりました」
「それじゃあ私はこれで……」
「ちょっと待ってください?」
それだけ言うと、フィリは談話室から出ていこうとする。望はそれを丁寧な口調で止めた。
「まだ俺のお願いを聞いてもらってないですよね?」
「あ、そ、そうだったね。すっかり忘れてたよ……あはは」
ついさっき自分で言ったことを忘れたと言い張るフィリ。だが、忘れたと言ってしまった以上、もう逃げることはできない。
「それでお願いって何かな?い、言っておくが、あまりにも無理な要求はダメだぞ?その……け、けけ、結婚してほしいとか、い、一生添い遂げてほしいとか……」
フィリの言葉に望は何を言ってんだ、こいつ、という顔になる。まあ、今のフィリの発言はだいぶ頭の中がお花畑な内容だったので、そう思うのも無理ないのかもしれない。
「そんなお願いしませんよ。俺のお願いはある情報を集めてほしい、です」
「ご、ゴホンッ。何についての情報かな?」
「人の召喚についてです」
「なるほど……。分かった、そちらは私に任せてくれ」
情報が欲しいというお願いでホッとするフィリ。そして、もう少しの間詳しい話をしてからその日は解散となった。
「それじゃあ、ティアナちゃんによろしく」
「はい、伝えておきます」
ペコリと一礼すると、望はおそらく待ってるであろうティアナたちの元に向かった。
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