手を貸そう
先程の襲撃との落差がありすぎて、望は少し固まる。まさか、襲われたすぐ後に今度は助けを求められるとは。
「お願いします!時間がないんです!」
彼女は望の足元まで行って更にお願いを続ける。
「ちょっと待ちなさい。まずは落ち着いて。話はそれからよ」
ティアナの言葉を聞いた彼女は深呼吸をする。ティアナの言葉を聞き取れるだけの冷静さはあったようだ。
「わ、私はルシア=ダフリスっていいます。今、巨大な、蛇の魔物に追われてて……」
藤色の髪の女性ルシアは涙目になりながら話す。ここに来るまでに怖い思いをしたのだろう。
「シェーネ、近くに魔物は?」
「いない」
それを聞いて、ルシアはホッと胸を撫で下ろす。
「ひとまず乗りな」
「あ、ありがとうございます」
ルシアはペコリと一礼すると、馬車に乗った。そして、望は馬車を出発させる。
「えっと、ルシアさん。詳しい話を教えてくれるかしら?どうして魔物に追われて逃げることになったの?」
ティアナがいつもより優しい口調でルシアに尋ねる。ルシアは何故か顔を上げて答えた。
「これが見えますか?」
「首輪かしら。それがどうしたの?」
「これは奴隷の首輪です。私はナラティカ帝国で奴隷としてある商人の方に仕えていました」
奴隷という言葉を聞き、望だけでなくティアナも驚く。
「ナラティカ帝国には奴隷がいるのか?」
御者をしている望がそう聞く。
「はい、ナラティカ帝国には奴隷制度が存在します。私は一年前に奴隷になって、少し前にその商人、デジカ様に買われました」
「じゃあそのあなたを買ったっていうデジカはどうしたの?」
そう聞かれると、ルシアは少し暗い表情になる。どうやら何かあったようだ。
「デジカ様は私や他の奴隷を引き連れて、この近くの森に薬草を探しにきていました。その途中で、巨大な蛇の魔物に襲われたので逃げたんです。でも、途中でこのままでは逃げきれないと思ったデジカ様は私に別の方向に逃げるように命じたんです」
「それでこっちまで逃げてきたの?」
「はい、デジカ様の思惑通り蛇の魔物は私を追いかけてきたので、なんとか走って逃げたんです」
「そうなの……よく頑張ったわね……」
ティアナはそっとルシアの背中をさする。
「そのデジカって奴はもしかしてナラティカ帝国に住んでたりするのか?」
商人が護衛もつけずに森の中を出歩くということは、おそらく近い場所を拠点にしているからだと考えられる。ここから近くて拠点になりうる場所といえば、望たちが行こうとしているナラティカ帝国の国境沿いの街ホルテンしかないだろう。
「はい、ホルテンの街に店を構えています。そこそこ名の通った店で繁盛もしていたので、デジカ様は大きなお屋敷に住んでいました」
「そうか。なら、あんたはこれからどうするんだ?」
「え?」
「あんたはそのデジカって奴の元に戻りたいのか?それとも、このまま逃げたいのか?」
望にそう問われて、ルシアは少し俯く。その理由はなんとなく望にも理解できていた。
「奴隷の首輪とやらが邪魔してるのか」
「……よく分かりましたね。この首輪には主人の命令に逆らうことができないように魔法がかけられているんです。それに、位置が分かる魔法もかけられていますから、見つかったら結局戻るしかないんです」
それが奴隷となった者の末路。決して主人に逆らうことは出来ず、逃げることも許されない。基本的に奴隷から解放されることはないのだ。
「諦めるのか?」
「え?」
望は一切後ろを向かずに尋ねる。
「あんたはデジカに囮にされたんだろ?なら、そいつはあんたがもう生きていないと思っているかもしれない。それなのに、諦めて捨てた奴の元に戻るのか?」
「わ、私だって!戻りたくなんてないですよ!どうせ雑用に使われるだけですし……いつかは夜の相手だって……」
「じゃあ俺が斬ってやろうか?」
望はルシアの本音が聞きたかった。もう諦めているのなら助ける必要はないし、たとえ戻るしかないと分かっていても逃げたいのなら手を貸そうとしていたのだ。
「でも、この首輪ってとんでもなく硬いんですよ!?それを斬るなんて不可能じゃ……」
「大丈夫だ、俺なら斬れる」
望は馬車を止めて、じっとルシアの目を見つめる。ルシアは少し迷うと、小さく頷いた。
「お、お願いします」
「分かった」
望はシュヴァルツを持って、ゆっくりと立ち上がる。そして、ルシアの首輪を触ってどういう構造になっているか確認した。
「よし、じゃあ頭を右に傾けたままにしてくれ」
ルシアは言われた通り頭を傾けて目を閉じる。望は一つ息を吐いてからシュヴァルツを握った。
「天斬流八の型 天斬ッ!!」
そして勢いよくシュヴァルツを引き抜いた。それとほぼ同時に、キンッという硬質な音が響き渡る。
ルシアは恐る恐る目を開ける。まず、自分の首は斬れてないと分かりホッとする。そして、自分の首をゆっくりと触った。
「……ない。首輪がない!」
どうやら望は奴隷の首輪の切断に成功したようだ。斬られた首輪が下に落ちている。
この奴隷の首輪は手錠のような構造になっていたので、曲がる部分のちょうど反対辺りを斬ったら綺麗に外れた。
「これであんたは自由だ。どこへでも行けるぞ」
望は微笑みながらルシアの頭を撫でる。すると、ルシアは勢いよく望に抱きついた。
「ありがとう……ございます!」
望は最初は驚いたものの、ルシアがどこか妹と似ている気がしてしばらく抱きついたままにさせておいた。
そして、その様子をジト目で見ているティアナとシェーネだった。
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