旅立ちの時
ちょっと短いです。
早朝、瞑想をしている望の元にアゼロがやってきた。アゼロは望の隣に座ると、静かに話しかける。
「最後に試合をせんか?」
望はそっと目を開き、アゼロの方を見る。アゼロの眼差しは力が込もっているようであり、どこか寂しげでもあった。
「試合、ですか。分かりました、やりましょう」
望はアゼロの提案に賛成し、瞑想を終えて木剣を手に取る。そして、二人は庭で互いに向かい合った。
「準備は良いか?」
「いつでも」
審判がいないので当然始まりの合図もない。しかし、二人は示し合わせたかのように、同じタイミングで動き出した。
互いの剣がぶつかり合う。まずは小手調べの一撃だが、お互いに手は抜かない。全力でやらなければ負けるからだ。
「天斬流七の型 幻日環」
アゼロが先に技を放つ。この技は巧みな足捌きと剣の切り返しで相手を七回切る技である。
技を出すタイミングが少し遅れた望は防御に徹して、ひたすら七回の斬撃を防ぐ。
そして、七連目が終わった時に今度は望が技を放った。
「天斬流一の型 火雷天閃」
しかし、その望の技を分かっていたかのように、アゼロも技を繰り出した。
「天斬流三の型 破流天下」
振り下ろされたアゼロの剣が望の剣を弾き飛ばす。そして、振り下ろした剣を振り上げることで望の顎に斬撃を当てようとする。
「く……ッ!」
望はバク転をして無理やりアゼロの剣を躱す。今のところ優勢なのはアゼロの方だ。それを分かっている望は次の一撃で決めることにした。
「ほう……やはりそう来るか」
望の意図を読み取ったアゼロも、望と同じ構えをする。つまり、両者は同じ技を繰り出そうとしているのだ。
「「天斬流八の型……」」
二人の声がぴったりと揃う。そして、大きく息を吸った瞬間、一気に前に駆け出した。
「「天斬ッッ!!」」
天斬流最後の型である八の型は神速の居合切りである。全力で走り、その速さが最高になった時に剣を振り抜くことで、全ての技の中で圧倒的に斬る力が強いのだ。
ちなみに、天斬流という名前はこの技の技名である天斬から来ている。天斬流の開祖がこの技で空間すら斬ったことに由来しているのだそうだ。
閑話休題。
互いの剣がトップスピードで当たり、両者とも木剣が綺麗に折れた。つまり……。
「引き分けじゃな」
「ですね」
アゼロは望に手を差し出す。望はその手を強く握った。
「またいつか再戦じゃな」
「はい、その時までに俺はもっと強くなっておきます」
「まだまだ儂は負けるつもりはないがな」
まるで青春ドラマのようなワンシーンが繰り広げられる中、そこに不相応な声が響いた。
「二人ともー。朝ご飯が出来たわよー」
ティアナの声でせっかくの青春ドラマ感が台無しになり、ちょっと浸ってた望はイラッとくる。
「今行く……」
「今いいところなんだよ!もう少し浸らせろ!」
「な、何よ!こっちは親切心で教えにきてあげたのに!」
「なんとなく雰囲気で察しろよ!あ、なんか今はダメかな?って!」
「分かるわけないでしょ!」
よく分からないことで言い合いをする二人。そのやり取りにアゼロは呆れたように苦笑いする。
「ほれ、喧嘩はやめんか。それに、儂は腹が減った。早く朝食を食べたいんじゃが?」
「わ、分かりました、師匠」
アゼロに少し睨まれて、望はすぐに喧嘩をやめる。そして、急いで家の中に戻り朝食の準備をするのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「忘れ物はないか?」
「多分……あ、シュヴァルツ忘れてた」
『ちょっとー!ひどいじゃないですか、ご主人様ー!』
朝食を食べ終えた望たちはナラティカ帝国に行くための身支度をしていた。
「ティアナは?」
「私は大丈夫かな?買ってきた物もリュックに詰め込んであるから」
ティアナの横でシェーネもうんうんと頷く。準備は万端みたいだ。
「それじゃあ行ってきます。今までお世話になりました」
望は昨夜のうちにアゼロから免許皆伝の証として木剣を貰った。これで一旦のお別れである。
「望、強くなることは誰かを守ることになる。ただ、強大すぎる力は己も周りの人間も不幸にする。大事なのは力の使い方ということを忘れるでないぞ」
「はい!」
望は大きく返事をしてアゼロに礼をした。
「またね、望くん、ティアナちゃん、シェーネちゃん」
「ああ、またな」
「元気でね」
「ばいばい」
望たちは手を振る。また会える日を楽しみにして。
しかし、世の中はそう甘くない。また会えると思っていた人がもう二度と会えなくなっていた、なんてこともあり得る。この時の望たちはまだそのことを知らない……
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