久しぶりの再会
それからなんやかんやで一の型から五の型までを習得した望は六の型の練習をしていた。その方法はいつも通り、アゼロのお手本を再現魔法で再現して、自分が使った時との違いを確認して直すというものだ。
「今日もしっかりと励んでおるようじゃな」
「師匠、もう帰ってきたんですか?」
今日、アゼロは朝からクエストに行っているはずだったのだが、昼前にもう帰ってきたのだ。望が驚くのも無理はない。
「メタルクラブの討伐が意外と早く終わってのぅ。他にいいクエストも無かったから帰ってきたんじゃ」
「そういうことだったんですね」
二人が話しているところにカエデがやってきた。どうやら庭に洗濯物を干しにきたようだ。
「おかえりなさい、おじいちゃん」
「ただいま、カエデ。望、カエデの手伝いをしてやってくれんか?今日はティアナとシェーネも出払っておるからのぅ」
いつもカエデの手伝いをしている二人も今日はクエストに向かっている。魔法の腕が落ちないように、という理由だ。
「分かりました。カエデ、俺も一緒に干すよ」
「ありがとう、望くん」
望たちとカエデは年齢が近いこともあって、この二ヶ月の間でだいぶ仲良くなっていた。
「そうだ、カエデは剣術は使わないのか?」
「私は剣の才能があんまり無いみたいだから、習ってないの。その代わり、魔法は結構すごいんだよ」
「カエデの適正魔法って何なんだ?」
「私の魔法は……」
その時、誰かが庭に入ってきた。
「アゼロ殿はいらっしゃるか……って、カエデさん!」
その金髪の男はカエデを見るなり、目を輝かせて名前を呼ぶ。しかし、カエデはその男から逃げるように望の後ろに隠れた。
「む、誰ですかその男は。使用人でも雇ったのですか?」
金髪の男は望をじっと睨みつける。何が何だか分からない望は後ろにいるカエデを見た。
「ち、違います、マグリスさん。望くんはおじいちゃんの弟子です」
「ど、どうも」
カエデの言葉を聞いて、金髪の男マグリスの睨みが増す。そこに望にとって見覚えのある人物たちがやってきた。
「お前天道か?」
「本当だ、天道じゃん」
「お前ら……高藤と平永だっけ?」
「うん、俺は中藤な」
「俺は平山だよ」
とりあえず自分のことを苗字で呼ぶことから、クラスメイトだということは分かったが、名前はうろ覚えな望。微妙に間違えていたところを修正され、「ああ、そうだったな」と思い出す。
「あれ、あの男はお二人の知り合いだったのですか?」
「ああ、うん。というか、元々は俺らと同じ立場だった奴だし」
「そうそう。初日に一人だけ抜けたって奴だよ」
それを聞くことでマグリスはまるで人を嘲笑うかのような表情になる。
「そうかそうか。お前が腰抜け野郎だったのか」
「腰抜け?何の話だ?」
望はまるで意味が分からないといった様子で首を傾げる。マグリスはニヤニヤしながら望の問いに答えた。
「お前はこの世界に来てすぐに、戦うのが怖くて逃げたんだろ?勇者としての使命を押し付けてな。ククッ、ダサいなお前」
そこまで言われて、ようやくあれかと思い出した望。基本的に興味のないことの記憶力は皆無なのだ。
「別に怖かったわけじゃないんだけどな。俺には勇者としての使命とやらよりもやるべき事があっただけだ」
「ふん、いいように言いやがって。まあ、いい。アゼロ殿にこのことを伝えれば、お前に失望して弟子を辞めさせるだろうな!」
嫌味ったらしく望にそう言い立てるマグリス。それに反論したのは意外にもカエデだった。
「そんなことないです!」
「ん?なんでカエデさんがそいつを擁護するんですか?今の話を聞いて分かったでしょう。そいつがただの腰抜けってことが」
「望くんは腰抜けなんかじゃないです!腰抜けならおじいちゃんの稽古に耐えきれずに逃げ出してるはずです。でも、望くんは今まで必死に努力して剣術を習得してきました。そんな人が怯えて逃げ出すわけがないです!」
カエデが珍しく大きな声を出すので、望は驚く。さすがのマグリスも少し怯んだようだ。
「まったく……何の騒ぎじゃ?」
カエデが大きな声を出したことにより、アゼロが家から出てきた。アゼロはマグリスを見ると、見るからに顔を顰める。
「なんじゃ、マグリス。また懲りずに来たのか。何度来ても答えは変わらん。お前に孫はやらんし、剣術も教えん」
「アゼロ殿!」
マグリスはニヤニヤしながらアゼロに近づく。
「アゼロ殿が今剣術を教えているあの男は勇者の使命から逃げた腰抜けですよ!そんな男にあなたが時間を割く必要はありません!今すぐ弟子を辞めさせましょう!」
マグリスは好き放題に望のことを言って、アゼロに弟子を辞めさせようとする。だが、マグリスの考えとは裏腹にアゼロはじっとマグリスを睨みつけた。
「マグリス、今日は引き取ってくれ」
「な、なんでですか!?今すぐ立ち去るのはこいつの方……」
「帰れと言ったのが分からんか?」
アゼロが普段は出さないプレッシャーをマグリスに対して放つ。そのプレッシャーにマグリスはもちろん、中藤と平山も少し震えていた。
「ぐ……きょ、今日のところは帰ります……」
マグリスは逃げるようにその場を退散し、中藤と平山もそれについていった。
「望、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
アゼロは望を見てそう言う。望は笑顔で返事をした。
「そうか。何があったのか、聞いてもよいか?」
「そう……ですね。そろそろ話さなきゃいけないかなって、俺も思ってたんで。あ、でもこの話はティアナにもシェーネにもしてないので、二人が帰ってきてからでもいいですか?」
「ああ、分かった」
そうして、望は自身のことをみんなに伝えることに決めたのだった。
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午後、ティアナたちが帰ってきてから望は全員を居間に集めた。午前の出来事を知らないティアナとシェーネは何故集められたのか分からずにいた。
「望、どうしたの?急にみんなを集めて……」
「聞いてほしいことがあってな。まずは、午前中の出来事を説明するよ」
望は最初にティアナとシェーネに午前中の出来事を説明した。その過程で当然、望のクラスメイトのことや勇者のことなどが話題に出た。
「そんなことがあったのね」
「ああ、それで俺のことをきちんと話しておかないとと思って、みんなを集めたんだ」
望は一度下を向く。そして、一つ息を吐いて前を向いた。
「俺の名前は天道望。元々は別の世界の住人でした」
その言葉だけで、その場にいた全員が目を見開く。唯一、ティアナだけは驚きに加えて納得した様子もあった。
「俺は元の世界では学校に通っていました。今日会った二人は学校で同じクラスだった人です」
どうやらこの世界にも一応学校はあるらしく、説明を挟まなくても話は通じる。ただ、貴族のみが通えるらしいが。
「この世界と元の世界では文化が全然違って、元の世界には魔法なんて存在してなかったんです。だから、この世界に来て初めて魔法を見ました」
そして、とうとう本題へと移る。
「俺たちはこの世界に召喚されて、やって来ました。召喚した人の話によると、俺たちは勇者として活性化した魔物たちを討伐し、さらに魔王も倒して世界を救ってほしいとのことでした。クラスメイトたちはそれに賛同して、魔王を討伐することにしたのですが、俺だけは賛同せずに帰ろうとしました。だから、腰抜けって言ってたんだと思います」
「でも、それには理由があるんじゃろ?」
アゼロが横から口を挟む。望はそれに頷くと、説明を続けた。
「俺がすぐに帰りたかった理由は……病気の妹がいるからです。俺の妹は不治の病と言われる病気にかかっていて、ずっと入院しています。だから、治療法を見つけるために、俺は医者になろうとしていました。でも、この世界で魔王討伐なんてしてたら、きっと間に合わなくなる。そう思って帰ろうとしたんです」
望の告白にその場にいた全員が黙り込む。その中で、最初に口を開いたのはアゼロだった。
「なるほどのぅ。だったら、やる事は変わらんな」
アゼロは徐に立ち上がると、木刀を持って望の肩を叩いた。
「ほれ、稽古をするぞ。早く習得せんといけないんじゃろ?」
「は、はい!」
望も木刀を持って、庭に向かったアゼロを追っていくのだった。
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「まさか、望が別の世界から来た人だったとはね……」
ティアナがそう呟く。カエデはアゼロと望の湯呑みを片付けながら答えた。
「ティアナちゃんも知らなかったんだね。てっきり話してると思ったよ」
「望はあんまり自分のことを話したがらなかったから。話したくないことを無理に聞くのもあれかなと思ってね」
ティアナはズズズとお茶を啜る。その真似をしてシェーネもズズズとお茶を啜る。シェーネの舌には少し熱かったようだ。シェーネに10のダメージ。
「そういえば、望くんは魔物が活性化してるって言ってたけどそうなの?おじいちゃんはそんなこと一言も言ってなかったけど……」
「特に気にした事はないわね。魔物が活性化することなんて結構あることだし……。魔王のことも聞いたことないわ」
「なら何で望くんたちは召喚されたんだろう?」
「さあ、もしかしたら私たちの知らないところで何か起きてるのかもしれないわね。望たちはそれに巻き込まれたとか」
そう言ってまたお茶を啜るティアナ。どうやらティアナはお茶を気に入っているらしい。
「ところで、ティアナちゃんは望くんのことどう思ってるの?結構一緒にクエストとか行ってきたんでしょ?」
カエデは少しニヤニヤしながらそう聞く。ティアナは頬を少し赤くしながら慌てて答えた。
「な、別になんとも思ってないわよ!仲間……そう、仲間よ!」
「本当かな〜?」
「も、もう!からかわないでよ!」
そうして、居間に残った女子たちはガールズトークに花を咲かせるのだった。
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