天斬流
望がアゼロに弟子入りをしてから、ひと月が経った。望は走り込みや瞑想、素振りの他にも魔力による身体強化の方法を教わっていた。だが、まだ剣術は教えてもらっていない。
「し、師匠。そろそろ、剣術を教えて、ほしいんですけど」
この日も素振りをしながらアゼロに頼んでみる。ちなみに、このお願いは二十日ほど前から言っている。
「そうじゃな。そろそろ教えてもいい頃合いかもしれんのぅ」
「え、本当ですか!?」
「これ、よそ見をするでない」
アゼロはバシッと望の頭を叩く。望は顔を顰めながらも素振りを続けた。
「よし、じゃあ午後の稽古は剣術、天斬流を教えよう」
ようやく望は本題である天斬流を教わることとなった。
午後。望はいつも使っている木剣を持って庭に行くと、アゼロがいつもは持っていない木剣を持って待っていた。
「お待たせしました」
「うむ、ではまず剣術を教えるにあたって、言っておかなければいけないことがある」
アゼロはいつもよりも真面目な表情、口調で望に語りかける。それを感じ取った望もいつもより真剣な表情になる。
「儂は望が剣術を学びたい理由を聞いておらん。じゃが、その理由を聞くつもりはない。この一ヶ月の間のお主を見て、馬鹿なことに使うような人間じゃないことは分かっておる」
アゼロの意外な言葉に望は少し驚く。そんなに自分のことを見て、尚且つ評価してくれていたのかと。
「じゃが、一つ守ってほしい。決して武器を持たぬ者を傷つけんと。今から教える技は弱き者を傷つけるためにあるのではない。己の道を切り開くためにあるのじゃ。良いな?」
「はい!」
望は気持ちを込めて返事をする。アゼロの言葉がまるで自分の境遇を知った上で言っているかのように聞こえたからだ。
「よろしい。では、天斬流について教えていこう。天斬流は一から八まで型がある。まずは、それぞれの技がどういう時に使われるかを知らねばならん。そのためにも、儂が一度お手本を見せる。しっかり見ておくのじゃぞ」
「分かりました」
アゼロはそう言うと、心を研ぎ澄ませた。そして、天斬流一の型から八の型までを一気に放つ。
(す、すげぇ……)
望はアゼロが技を放つ姿を見て呆気に取られていた。それは、アゼロが洗練された型の美しさと世界最強の剣士の気迫が相まった至高の姿だったからだ。
「ふんッ!」
アゼロは全ての型を使い終えると、木剣を鞘にしまう動作をする。そして、望の方に向き直った。
「しっかり見ておったか?」
「はい、全部ちゃんと見ました」
「よし、じゃあまずは一の型の説明からしていこう。一の型は……」
そうしてアゼロは天斬流の型の説明を丁寧にしていく。望はそれをしっかりと聞き、頭の中にインプットした。
「これで一通りの説明は終わりじゃ。それじゃあ次は実際に使ってみよう。まずは一の型から」
望は木剣を構える。そして、先程のアゼロのお手本と今の説明を思い出しながら一の型を放った。
「はっ!」
「……足の使い方が違うのぅ。それに剣の切り返しのタイミングも遅い。それでは相手に防がれてしまうぞ。もう一回じゃ」
アゼロは望のダメなところを指摘していく。それを聞いた望は言われたことを意識しながらもう一度技を放った。
「どうですか?」
「ダメじゃ。まだタイミングが遅い。それに今度は体のブレが出ておる。完璧とは程遠い」
その後も望は一の型を放ち続けるが、アゼロから完璧と言われることはなかった。
「今日の稽古はここまでじゃな。しっかり休憩するように。明日も一の型をやるからのぅ」
「……はい」
望はうまく出来なかったのが悔しかったのか、少し俯いている。そんな望にアゼロは声をかけた。
「そう落ち込むでない。剣術というのは一朝一夕で習得できるものではないからのぅ。何度も続けることが大事じゃ」
「すいません……。頑張ります」
アゼロは頷くと、家の中へ戻っていく。望はタオルで汗を拭きながら縁側に座った。
「ただいま、望」
そこにクエストに行っていたティアナが帰ってきた。
「ああ、おかえり」
「望、何かあった?ちょっと元気がないみたいだけど」
ティアナは望の少しの表情の違いから何かあったと見抜いたようだ。望は今日の稽古のことをポツポツと話し始める。
「ようやく剣術を教えてもらえることになったんだけどな、全然うまくいかなくてさ。早く使えるようにならなきゃいけないのに……」
ティアナは望の隣に座り、望の肩をポンポンと叩いた。
「焦ってもいいことないわよ。それに、きっと望ならすぐ習得できるわ」
「だと、いいんだけどな」
「大丈夫よ。だって、剣術も簡単に言えば教えてもらったことを自分の体で再現するってことじゃない。再現は望の得意分野でしょ?」
「そんな簡単な話じゃ……あっ!」
ティアナの言葉に反論しようとした望だが、何かに気づいたように声を上げた。
「どうしたの?」
「そうだ。再現すればいいんだよ!」
「え?え?」
ティアナは望の言葉の意味が分からず、ただただ戸惑っている。その間に、望は傍に置いていた木剣を持って立ち上がった。
「よし」
望はそう言うと、お手本としてアゼロが見せたような一の型を放つ。
「なるほど、こういう感じなのか……」
「すごーい!え、今のでもまだダメなの?」
ティアナは望が放った技を見て、拍手をしながらそう言う。望はいやいや、と手を横に振った。
「今のはお手本として見せてもらったのを再現魔法で再現しただけだ」
「そうだったの。やっぱり世界最強はすごいわね」
「ああ、でもこれで感覚がわかった。もっと早く習得できるかもしれない」
新しい特訓方法を思いついた望は確かな手応えを感じ、夕飯までの間この特訓を続けるのだった。
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翌日、午前の稽古で一の型の練習を行うことになった望は昨日の特訓の成果を見せる。
「ど、どうですか?」
「うむ、昨日よりは全然良くなっておるな」
「本当ですか!?」
「だが、まだ完璧ではない。特訓を続けるようにな」
「はい!」
アゼロに褒められて少し嬉しくなる望だった。
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