早朝稽古
「痛ッ!」
翌日、望は誰かに引っ叩かれて目を覚ました。視界には白い髭を生やしたお爺さんがいる。
「……師匠?」
「さっさと起きんか!稽古を始めるぞ!」
ゆっくりと体を持ち上げると、アゼロが望に何かを渡した。目を擦りながら貰うと、アゼロが話しかける。
「それを着てさっさと庭に来るんじゃ。いいな?」
「は、はい」
望は手渡されたもの――真っ白な道着を着る。そして、庭に出ると、辺りはまだ薄暗かった。
(今、何時なんだ?四時とかそこらじゃないのか?)
朝が早すぎて軽く引いている望は縁側で瞑想をしているアゼロを見つけた。
「やっと来おったか」
アゼロは横目で望を見ながらそう言って、また目を閉じて瞑想を続けた。
「あの、師匠。俺は何をすれば……」
話しかけるも、瞑想をしているアゼロには声が届いていないようだ。とりあえず、望も同じように瞑想をすることにした。
(瞑想ってどうやるんだ?たしか、目を閉じて何も考えないようにする……みたいな感じだったっけ。とりあえずやってみるか)
望は目を閉じて意識を集中させる。集中力に関しては、他の人よりもすごいという自信がある望は、すぐに自分の世界に入る。
そうして瞑想を始めてからどれだけ経っただろうか。望はまたもや頭を引っ叩かれて意識を戻す。
「痛ッ!」
「瞑想の時間は終わりじゃ。次は走り込みに行くぞ」
「は、はい……」
望は靴を履き、先を走るアゼロについていく。ヒューゼル家は山の中腹にあるため、少し酸素が薄い。運動神経が普通の望にとっては少し走っただけでも息が上がってしまう。
(くそ、何だこの場所は……。息がしづらいし、道も悪い……。てか、なんであの人は平気で走ってんだよ!)
とても辛そうな望に比べて、アゼロはまだまだ余裕といった様子で走っている。しかも、スピードも変わらずに、だ。
「どうした?もうバテたか?」
アゼロは後ろを振り返り、望にそう聞く。望は気合を入れ直し、走るスピードを上げてアゼロの横に並んだ。
「い、いや、まだまだいけますけど」
強がっている望を見て、アゼロは悪魔のような笑みを見せる。
「ほう、そうかそうか。なら、もっとスピードを上げてもいいんじゃな」
「え……」
さっきまで望と並んで走っていたはずのアゼロがいつの間にか数メートル先にいる。
「嘘だろ……」
「ほれ、早よせんと置いてくぞ」
アゼロは尚もスピードを上げて走っていく。望は大きく息を吸い込み、勢いよく叫んだ。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
この行為は余計自分を疲れさせることになるのだが、そんなことはこの時の望には関係なかった。後で後悔することになるのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はぁ……はぁ……」
ようやく明るくなってきた空を寝転びながら見上げるのは望だ。息は上がりに上がって、一言も喋ることはできないみたいだ。
「ほれ、水じゃ」
望はアゼロから水をもらい一気に飲み干す。
「ぷはぁ〜!はぁ……ありがとう、ございます」
「あと五分休憩したら素振りをするからな。それまでにしっかり休憩しとくんじゃぞ」
それを聞いた望は項垂れる。ただでさえあまり運動してこなかった望に早朝の運動は重すぎたようだ。
それでもなんとか素振り百本を終えた望はようやく早朝稽古の終わりを告げられてホッとする。これ以上やると体が爆散しそうだと考えていた。
「おはよう、望……どうしたの?なんか死にそうなんだけど」
「あ、ああ、おはよう。ちょっと稽古をしててな」
「稽古で死にかける人なんて聞いたことないわよ?もう、ほら肩貸しなさい」
ティアナはヘトヘトになった望の肩を持って居間へと連れていく。
「おはようございます」
居間ではカエデが机に朝食を並べている最中だった。ティアナはそれに気づくと、望を投げ飛ばしてカエデの手伝いを始めた。
「ぐへっ!」
「ごめんなさい、手伝うわ」
「ありがとうございます!」
二人は倒れる望そっちのけで朝食を並べる。唯一、望のそばに来たのはシェーネだった。
「大丈夫?」
「あ、ああ。なんとかな」
「望、いつもよりキラキラしてる。何かした?」
「そうなのか?うーん、色々したけど……」
シェーネの問いに望は少し考える。早朝稽古の中で一番魔力と関係ありそうなのは……。
「瞑想かな?」
「続けた方がいいよ。続けた分だけ望は強くなる」
「そうか。分かった、続けるよ」
強制的に続けさせられるんだけど、なんて口に出しては言えない。だって、あの人がどこで聞いてるか分からないんだもん。
「ほら、二人とも。朝ごはんの準備ができたわよ」
ようやく朝食にありつけた望はご飯を一気にかき込む。ヒューゼル家のご飯は完全に和食なので、日本人の望にとっては懐かしさも相まってとても美味しく感じるのだ。
「美味ぇ〜!」
「ちょっと、はしたないわよ。お腹が空いてるのは分かるけど、もう少しゆっくり……って、聞いてないわね」
ティアナの言葉を無視して、朝食を食べ続ける望。ふと、あることに気づいた。
「あれ、師匠は?」
「多分外に行ってるんだと思います。その内帰ってきますよ」
カエデはまるで当たり前のことのように言う。おそらく、これが日常なのだろう。
そのうち帰ってくると聞いた望はすぐに朝食へと意識を戻す。こうして、望の辛い辛い早朝稽古一日目は終わったのだった。
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望たちが朝食を食べている頃、アゼロは家の裏手にいた。そこには大きめの石が三つ並べられている。
「おはよう、三人とも」
アゼロはその石たちに話しかける。三つの石にはそれぞれ『ノクト=ヒューゼル』『ダリア=ヒューゼル』『ディゼオ=エアリス』と刻まれていた。
「そうじゃ、ディゼオ。儂に弟子が出来たんじゃ。お前の弟弟子じゃぞ」
アゼロは一番右の石にそう話しかける。
「あいつは望と言ってな、どことなくお前に似てるんじゃ。喋り方とか負けず嫌いなところとかがな。まあ、剣の才はお前の方が断然上じゃが」
アゼロは懐かしむように呟く。そして、ふぅーと息を一つ吐いた。
「三人とも。もう少し待っとってくれ。敵は……必ず取るからのぅ」
アゼロの鋭い目に眼光が走る。それはまるで三人に向かって何かの決意を示しているように見えた。
「儂はそろそろ行くよ。また明日来るからの」
そう言ってアゼロは家の中へと戻っていった。
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