弟子入りしました
「……あれ?俺は何して……」
目を覚ました望は自分の記憶を思い起こす。しかし、寝起きで上手く頭が回らないようだった。
「望」
そんな望のすぐ近くにシェーネが寄ってくる。どうやら望が起きるのを待っていたらしい。
「シェーネ……ッ!!」
少し大きな声を出すと顎が痛むことに気づいた望は、自分がさっきまで何をしていたか思い出す。
「そうだ、俺は勝負に負けて……」
「あ、目が覚めたのね」
ティアナが部屋に入ってくる。その手には水が入ったボウルとおしぼりが乗ったお盆がある。
「ほら、まだ頭がクラクラするでしょ。横になってなさい」
「大丈夫だ。それより爺さんは……」
「儂が、なんじゃ?」
ティアナの後ろからアゼロが急に現れる。望は少し身構えてアゼロに話しかけた。
「あ、あの」
「アゼロじゃ」
「え?」
アゼロが急に自分の名前を言うので、戸惑う望。アゼロははぁ、と息を吐くと、話を続けた。
「これから師事する相手に爺さん呼びをするのかお前は。名前、もしくは師匠と呼べ」
「え……」
アゼロの意外な言葉に望は驚きを隠せずにいた。さっきの試合内容で、剣術を教えてもらえるとは思えなかったからだ。
「なんじゃ?何か文句でもあるのか?」
「い、いや、無いです!よろしくお願いします!」
思いがけず剣術を教えてもらえることになり、望は内心でガッツポーズする。
「よろしい。それじゃあ今からここでのルールを教える。一回しか言わんからよく聞いておくようにな」
「分かりました」
「儂が剣術を教える間はこの家で暮らすこと。もちろん、そこの二人も暮らして構わん。ただし、働かざる者食うべからずじゃ。何もせん者はすぐに追い出すから覚悟しておくように」
その言葉にティアナとシェーネも頷く。どうやらシェーネにも意味は分かっているらしい。家事をする気満々のようだ。
「次に稽古の話じゃ。稽古は午前と午後の二回。内容はその場で話す。儂がいない時は自主練と家事の手伝いをすること。以上じゃ、何か質問は?」
「はい」
望が手を挙げる。アゼロは視線で発言を促した。
「俺の名前は望です」
「それがどうした?」
「弟子のことは名前で呼ぶべきだと思うんですけど」
望は満面の笑みでそう言う。アゼロは軽く舌打ちをして答えた。
「分かった、望」
「これからよろしくお願いしますね、師匠」
「稽古は明日からじゃ。今日はしっかり休むように」
それだけ言うと、アゼロは部屋を出ていった。それを見届けた望はティアナを近くへ呼び寄せる。
「ティアナ」
「ん、どうしたの?」
「師匠がなんで俺に剣術を教えようと思ったのか言ってたか?」
「いいえ、聞いてないわ。それより、あなたは何をしたの?最後の攻撃だけキレというか、とにかくすごかったわよ」
望は「ああ」と言いながらティアナに説明する。
「あれは俺の故郷の剣豪の技を真似したんだ。やり方だけ知ってたからなんとなくだけどな。そんで、その技の最後の斬りあげる時に再現魔法で師匠の最初の斬撃を再現したんだ」
「そういうことだったの。道理で気迫もすごい訳ね」
そんな話をしていると、カエデが扉をノックして部屋の中に入ってきた。
「望さん、お体の調子はどうですか?」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
望はとても丁寧な口調でお礼を言う。カエデは「それなら」と一つの提案をした。
「今日のうちに家の中を案内しましょうか。その方が明日から過ごしやすいと思うので」
「たしかにそうですね。お願いします」
望はカエデの提案を受け入れ、ヒューゼル家の案内をしてもらうことになった。
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「ここが居間です。基本的に食事はここで取るので、食事の時間になったら居間に来てください」
全面が畳の床に、望は懐かしさを覚える。小さい頃によく行った祖父の家も畳の床だったからだ。
「居間の隣がおじいちゃんの寝室です。ここには余程のことがない限り、入らないようにしてください。多分めちゃくちゃ怒ります」
カエデの言葉に望とティアナは少し顔を青ざめさせて頷く。もし入ったらどうなるか。おそらくボコボコにされるだろう。
「ここがお風呂になります。お風呂は好きな時に入っていただいて構いませんが、湯を沸かすためにこの魔法玉を使わないといけないので、それだけ注意してください」
「魔法玉?」
望は聞き慣れない単語に首を傾げる。見かねたティアナが望に魔法玉について説明をした。
「魔法玉っていうのは、簡単に言ったら特定の魔法が込められた玉のことよ。この玉を使えば、適正魔法以外の魔法でも使えるの。本当便利よね」
「なるほどな。込める魔法ってのは、なんでもいけるのか?」
「いや、そんなに大きな魔法は無理よ。炎魔法だと、せいぜい『破裂炎』が限界ね」
ティアナがそう説明すると、カエデが魔法玉を実際に使用して望に使い方を教える。
「この魔法玉には『炎熱波』という魔法が込められています。魔力を込めると一定温度の熱を発生させる魔法なので、入る前に魔力を込めればちょうどいい温度になりますよ」
カエデは魔力を込めた魔法玉を湯船に張った水の中に入れる。少し経つと、水から湯気が出てきた。
「おぉー!」
魔法玉の力を初めて見た望は感嘆の声を上げる。その様子にカエデは微笑み、ティアナは苦笑いしていた。ちなみにシェーネは目をキラキラと輝かせていた。
三十分も経つと、割と広いヒューゼル家の案内もあと一つの部屋で終わりを迎える。
「ここが道場です。稽古はここか、庭で行われると思うので、望さんは場所を覚えておいてくださいね」
「はい、分かりました」
「これで家の案内は一通り終わりです。また何かあったら遠慮なく言ってくださいね」
カエデはそう言うと、どこかへ向かった。望たちは一度、さっきまでいた部屋に戻る。
「……これから暇ね。私、カエデさんの手伝いしようかしら」
「ん、そうか。じゃあ俺もシェーネと魔法の特訓でもしてくるか」
そうして、各々自分のことをするため、部屋を出ていくのだった。
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