魔女と魔王
―――魔女よ、偉大なる魔女よ、世界を暗黒に変えてしまった恐ろしい魔女よ。
問おう。今再びアルデアーノの地に生まれれば汝の力を世界の為に使うと約束できるか
神々しく光り輝く女神を前に魔女は答えた。
「もちろんです、女神様。今度こそ私の力を正しいことのために使います」
魔女は敬虔な信徒がするように片膝を立てて頭を下げた。
「……約束ですよ。アルデアーノにはあなたの力が必要なのです」
その言葉を最後に女神の姿は霧散し、魔女の意識も途絶えた。
それから二十年後
魔王城最上階大広間にて怪物と人間が向かい合っていた。
「はっはっは!久しいな、魔女よ!!」
高笑いしている目の前の怪物は、世に恐れられている魔王であった。
「今は聖女と呼ばれているわ」
「聖女か!これはまた痛快!!」
醜悪に歪む怪物の顏からは前世の面影を見出すことはできなかった。
「あなたを殺しにきたの」
「我を助けた人間が今度は我を殺すのか!」
「……あなたは人を殺し過ぎた」
一瞬、魔王の目に悲哀の色が浮かび……消えた。
「殺せるものなら殺してみろ!我は魔王だ!!」
そして魔王と聖女は互いの死力を尽くす戦いに身を投じた。
三日三晩の激闘の末に
膝を折った魔王の首に聖女の杖が当てられた。
「……お前の勝ちだ。殺せ」
ハアハアと荒く息を吐く魔王を見て、聖女はふいに、まだ自分が魔女と呼ばれていたときのことを思い出した。
初めて会ったときも同じような状況だった。ただその頃は、怪物は人間の子どもくらいの背丈しかなく、村から迫害を受けたであろう切り傷や痣が全身に目立った。
村から怪物を殺してくれと依頼を受けていた魔女は可哀そうに思ったが、せめて楽に逝かせてやろうと杖を構えた。しかし、そのときに怪物と目が合った。
とても悲しい目だった。
なぜ自分は殺されなければならないのか。
自分が一体何をしたのか。
この世界に生まれて只暮らしていただけなのに。
怪物は一言も話さなかったが、魔女にはその言葉が耳で聞くよりも鮮明に伝わった。
そして魔女は怪物を育て守ることに決めた。
「私が聖女として新たにアルデアーノに生まれたとき驚いたことがあったの」
ただ殺されるとばかりに目をつむった魔王は急に聖女がしゃべりだしたことに驚き目を開けた。
「女神は愚かなことに私の姿を前世と変えることをしなかったのよ。だから、私が大人になって町に行ったとき、最初はいつ石を投げられるかびくびくしたの。魔女は有名だからね」
そこで言葉を切り、魔女は魔王の目を見た。
「石は投げられなかった。あなたが殺したのね。魔女を知っている人達全員を」
魔女は魔王の身体をそっと抱きしめた。
「だから、あなただけ死なせはしない。一緒に死にましょう。あなたの罪はどうやら私の罪でもあるみたいだから」
そして、魔女は滅びの呪文を唱えた。
消えていく自分と怪物。
最後に見た怪物はもう悲しい目をしていなかった。