第2節「トラキチって実際どうなの?」
さて、ここで1つ私のことを打ち明けよう。私、いでっち51号は地元の私立大学を卒業したのだが、その学生生活の4年間はずっと同じ会社のアルバイトをしていた。それは警備員のアルバイトだ。そしてその警備会社は当時市民球場の試合の警備を担う会社でもあった。
ちょっと拙作の話をすると『ブラック企業によろしく』という作品で主人公が介護の仕事から警備員の仕事に転職するくだりがあるのだが、これは私の経験を少し弄っている形で取り入れたものだ。余談としてここで話しておく。
私は通路で関係者の通行を確認する仕事をしていたが(っていうかそれ以外の仕事をした事がなかったのだが)、それでも仕事終わりに妙な連中を目にした事があった。黒と白の縦縞のユニフォーム、そして虎を浮かばせる濃い黄色の色彩。
そう、彼らは俗にいう「トラキチ」という熱狂的な人達だった。
その日は阪神タイガースがカープを完膚なきまでに打ち負かした試合をみせた。彼らは円陣を組んで何やら宴を始めていた。そろそろ会場を出て貰わないと困るというのに、それに応じず楽しんでいる様子をみせていた。お酒が入っているのだろうか? 顔が赤くなっている人が円の中心に居て大声をあげていた。
結局会社の上司が上手く対応して彼らはそそくさと帰っていた。バイトの先輩から聞いた話だが、質の悪いトラキチとなると警備員に八つ当たりとかしてくるタイプも結構いるらしい。
そんなこんなで私にとって阪神ファンと言うのは陽気で明るく逞しい印象などがありつつも、どこか恐い存在だった。
それから十何年の時を経て私は盟友たる後輩からある誘いを受けた。甲子園でカープの試合を一緒に観戦したいと言うのだ。勿論、私は二つ返事で了承した。席は外野のセンター上段の方でもライト側だ。しかし心の奥底の何割かで思った。
「え? それって阪神ファンの人達がメッチャいるゾーンじゃあ……」
そう思ってカープのユニフォームを着て行く事は控えた。しかし彼はバッチリそれを着込んで来た。
幸いにも当時のカープはめちゃくちゃ強く、3連覇真っ盛りの時だった。
ライト側にもちらほら赤いユニフォームの人達が交わっていた。当時のカープファンって凄い勢いだったのか、その勢いにのって友も声を張り上げて応援した。
「おい、友よ、近くにトラキチがいるのにそれはないぞ……」
そう思った私はカープが点を入れてもひっそりとガッツポーズをする事にした。しかし彼は大はしゃぎをしていた。アイスバーンのフォークに似ているクールな彼にしては、もうまるで別人のよう。すぐ間近に私たちよりもちょっと年齢上の縦縞ユニフォームを羽織った男性集団がいる手前で。
しかし私はそこで全く思わぬ光景と出くわしたのである。
私たちの間近にいる阪神ファンの人達は私達以上にぺちゃくちゃ喋りつつも、周囲に迷惑をかけることはしてない。試合はカープが大勝したのだが「あかん、あかんね~」と落ち込む姿をみせるだけで、大はしゃぎをしまくる私の友を睨みつけることもしなかった(いや、ホンマによう耐えていたぞ)。さらには最後まで試合を観戦し続けていた。そして試合が終わるやいなや周囲の後片付けまで自ら進んでしていた。そうしたタイガースファンの姿は私の視界に入るいたる場所で見えた。老いたタイガースファンから幼きタイガースファンまで。
その時に私の中にあったトラキチに対する偏見がなくなった――
トラキチという言葉は1985年に、阪神タイガースがリーグ優勝と日本一を決めた年に流行語大賞の銀賞を獲る形で世間に認知されたものらしい。そこには侮蔑する意味合いは全くなく、むしろ彼らの熱狂を讃える意味で広まったとすらされている。
とある野球人は「巨人ファンにとって巨人は趣味の一つ。阪神ファンにとって阪神は生活の一部」と評して、とある経済評論家は「阪神ファンにとっての球場での応援は観戦ではなく参戦を意味している」とまで論じているが、これに私はあの日みた光景を照合させてみる。すると、彼らがいかに良き地域社会の風土を作っているのかがハッキリと見えてくるのである。
こうして見るともはや「トラキチ」という言葉はマイナスのものではない。
では「バカープ」という言葉はどうだろうか?
やはり口に出して言ってみれば言ってみるほど、マイナスなイメージしか出てこない。ここに何のリスペクトも込められてはないからだ。
ここから「バカープ」と言われる所以を私なりに述べていこうと思う。触れる内容によっては、不快な思いをされる御方もいるかもしれない。しかし、不満があるのならば「不満だ!」と堂々感想に書き込んで貰っても構わない。そうした知恵を1つ1つ頂けることで、私はプロ野球を楽しむ一人の観衆としてまた1つアップデートできるかもしれないからだ――




