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馴れ初め

 世間的に年を越してから、P-9はふて寝をすると、午前3時に目が覚めた。

あぁ、年を越したのかと朧げな意識で目を擦ると、何となく、初詣に行きたい気分になった。

P-9は、特に仏教を信仰している訳でもないし、むしろ、今まではお寺でお参りに行くなんて非合理で馬鹿らしいことだと鼻で笑っていた。

だが、今年は事情が違っていた。仏に縋り付くというよりも、自分の中で一年の節目を作りたかった。そうでないと、今年は辛気臭い葬式ムード満たされるような気がしたからだ。

恐らく、世の人々の大半も同じような理由で仏教徒ではないけれど、お寺を参拝しに行くのだろうと思うと、P-9は世間一般の行動原理を少し理解した。

 P-9は寝間着の上にベンチコートをさっと羽織って、そのまま近所の寺へ赴いた。

こんな時間であるにも関わらず、年初めてということもあって、疎らではあるが確かに人が行き来きしていた。独り身、家族連れ、恋人同士、様々な思惑を胸に秘めて寺へと向かっているのだろう。

そんな中で、P-9は見慣れた人物を2人目撃した。1人目はあの数学教師の飯田だ。そして、その隣には恐らく、飯田の奥さんがいた。夫婦ともに仲睦まじそうに腕を組みながら幸せそうに談笑していた。一方で、見慣れた人物の2人目は、そんな飯田夫婦を遠くの電柱越しから座敷童のようにぼーと恨めし気に突っ立って眺めている渡来だ。

 P-9は渡来に声を掛けようが迷ったが、何やらこのままだと渡来が警察に通報されかねない危なげな雰囲気を漂わせていたので、P-9は渡来に声を掛けることにした。

明けましておめでとうと全く心にもない言葉を渡来に向けると、渡来は虚ろげな瞳を浮かべたまま、明けましておめでとうとこれまた心にもない声音の返事を返してきた。

 P-9はどうしたものかと暫く頭を悩ませると、自分と同じように世界に取り残されてしまった渡来を眺めていて居ても立っても居られない気持ちになった。

すると、P-9はもう、どうにでもなればいいと思い立って、渡来の手を掴んで、そのまま寺の方面まで走り出した。

 渡来はええと戸惑いの声をあげたものの、P-9は渡来に聞こえる声で喋りかけた。

 

 「こんな凍てつくような冷気の中、心まで冷めきってしまったら、渡来もロボットになってしまうよ。だから、何も考えずに今を一緒に駆け抜けよう。一緒に、一緒に年を越すんだよ」


 隣から何を言っているのか分からないと涙混じりの声が聞こえてきた。僕もよく分からないから大丈夫と満面の笑みで答えると、僕は足取りを止めることなく、むしろ、加速させた。

 一歩、二歩、三歩。次第に、飯田夫妻の姿を目に捉えた。僕は幸せそうに奥さんに寄り添って歩く飯田の隣で止まると、先生、明けましておめでとうございます!女子高生との恋愛は数学のように上手くいかないものですね!!と吐いて捨てるように大声で言い放つと、そのまま顔を下に向けたままの渡来の手を取って寺まで駆け抜けた。一瞬見えた飯田の狼狽した顔を捉えて、僕はざまあみろと思った。


*******************************************


 僕と渡来は全力疾走して、境内に着くと、寺の裏側の小屋に背中を預けて座り込んだ。

辺りは森で囲まれており、年始で賑わう人々の喧騒が遠くで聞こえる。


 「はあ、なんだか今日は一年で一番疲れたよ」


 僕は寒さで白くなった息を吐きながら、くたびれたと言わんばかりに呟くと、渡来はクスクスと笑った。


 「まだ今年は始まったばかりだよ」


 「そういえばそうだった」


 僕はわざと頭に拳骨をぶつける臭い演技をすると、渡来をそれを見て声を出して笑ってくれた。

少しの間を開けて、体育座りで地べたに座り込む彼女は夜空を見上げた。胡坐をかいて座る僕も彼女にならって夜空を見上げる。

 すると、都会から少し外れた田舎だったから、小さな星々が爛々と輝いていた。


 「あの時、君が私の手を取って走った時、君は渡来もロボットになってしまうよっていってたけど、あれはどういう意味だったの」


 「あれは、そうだな。誰かのことを想って、誰かに裏切られた時、人はその現実に終わりのない疑問をぶつけ続けて、いつしか思考のループに陥ってしまう。すると、人はロボットになっちゃうんだ」


 「ロボット?」


 「あぁ、僕は適当にP-9と名付けていた。けど、今は違う」


 隣で寒そうに身を縮ませながら体育座りで座る渡来の方に僕は身体を傾けると、彼女の前髪を右手で払って、瞳を見つめた。


 「君のせいでロボットにもなったけど、君のおかげで人間にもなれた。だから、ありがとう」


 僕は渡来の淡いピンク色の唇に口付けをした。渡来は驚いて、一瞬目を見開かせると、次の瞬間には顔を紅潮させながらも、僕を受け入れてくれた。

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