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失恋

 放課後の学校を抜け出して、僕たちは飯田の魔の手から逃れると、無意識にクラスで僕と渡来がカップルになったのではないかと噂されるのが恥ずかしかったからか、人気の少ない下校ルートを辿って、街中に出た。


 時期的にクリスマスが近いということもあって、街中はクリスマスムード一色に染まっていた。

どの店を眺めても、雪だるまにトナカイにサンタクロースにクリスマスツリーとクリスマスを象徴するシンボルで街中が象られていた。

目的もなく、ただ街中を歩く学生姿の僕たちは周りから見たらカップルに見えるのだろうか。

そんな少し甘酸っぱい感慨に耽りながら渡来の方を眺めると、渡来はまた少しどんよりとした表情を浮かべて俯きながら歩いていた。

きっと、渡来は飯田の下に行かなかったことに、まだ罪悪感を覚えているのだろう。

そう考えて、僕はどうしたものかとまた頭を掻いていると、突然、どこからか竹内まりやの『すてきなホリデイ』が流れてきた。


 「クリスマスが今年もやって来る~、悲しかった出来事を、消し去るように~♪」


 そんなクリスマスを讃美する歌詞が陽気なメロディーと共に僕の耳元に届けられると、僕は思わず苦笑してしまった。

いやいや、みなさんお待ちかねのクリスマスがやって来ましたよって言わんばかりに陽気に歌いかけているけれども、こっちは今の今まで一瞬も待った試しはないっつーのと独り言のように突っ込むと、隣からクスクスと笑い声が聞こえてきた。どうやら、今日に関しては竹内まりやの『すてきなホリデイ』に救われたようだ。今日はホリデイではないけど。 


 特に目的もなくぶらぶらと街中を歩いていた僕たちは、気が付いたら、古びた映画館で『恋人までの距離』という1995年のアメリカの恋愛映画を観ていた。元々、今日は山田と映画を観る予定であり、丁度、現在地から映画館が近かったので、渡来を誘ったところ二つ返事で了承してくれた。ちなみに、この映画館はその季節に合わせて名画特集をよく組んでおり、クリスマスシーズンが近いということもあって、偶々、時間帯もあった『恋人までの距離』を観ることになったのだ。

 ざっくりとした概要としては、ブダペストからパリへと向かう長距離列車の中、とある夫婦が喧嘩を始めたので、アメリカ人男性のジェシーが席を移したところ、席を移した矢先のフランス人女性のセリーヌと意気投合する出会いの場面から物語は始まる。そして、当初、セリーヌはウィーンへ降りる予定はなかったが、ジェシーの誘いによって、急遽2人はウィーン旅行を行うことにしたのだ。2人はウィーンの街を歩き、路面電車に乗り、観光名所やカフェ、そしてバーへ赴く。そうして、遂に二人はプラーター公園の観覧車でキスを交わすのだ。しかし、お互いの素性や家族のことを打ち明けてお互いの距離は深まっていくものの、遠く離れて住むジェシーとセリーヌは遠距離恋愛は続かないという結論に至って、夜が明けたら予定通りに別れることを決意する。ラストは、朝、ジェシーはセリーヌを駅で見送るが、ついにお互いのことを諦めきれなかった二人は互いに愛の告白をする。しかし、列車の発車まで時間も無く、二人は半年後にこのホームで会うことを約束して物語は幕を閉じるのだ。


 僕たちは映画を観終わった後、余韻に浸りながら、すぐ近くの人気のない昔ながらの純喫茶へ入った。そして、僕はカフェラテを、渡来はカフェモカを注文して、窓際の二人席に向かい合って腰かけた。

僕は暫く足早に行き交う人々の足取りを窓越しにぼんやりと眺めていた。

すると、珍しく内向的な渡来が映画はどうだったと問いかけてきた。

僕は素直に面白かったと返すと、やや間があってから、最後どうなったと思うと、彼女は次いで疑問を投げかけてきた。

一夜限りのドラマチックな恋。結局、ジェシーとセリーヌは半年後、以前と同じ駅のホームで、以前と同じ気持ちで再会することが出来たのだろうか。

僕はきっとジェシーとセリーヌも再開することはないと思うと答えた。すると、渡来はこれまた珍しくなんでそう思うのと矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。

少々考えた後、お互い、半年も月日が経てば、日々の雑務をこなしている中で、色んな出会いと別れを経験しているうちに、お互いのことなんて過去の綺麗な想い出としてどうでもよくなってしまうからと答えた。すると、渡来のテーブルの下がポツポツと濡れ始めた。どうやら、渡来は涙を零しているようだった。

何かよからぬことを口走ってしまったと直感した僕は、でも、あの映画は偶然の出会いを大切にしている映画で、敢えて、結末は描いていないんだ。ジェシー、セリーヌ、舞台役者、詩人、ダンサー、あの日、彼ら彼女らが出会った人々は全て偶然でしかなくて、それは要するに、あの物語が行き着く先なんて誰も分からないんだ。人生と一緒でねと付け足すと、渡来は泣きじゃくりながらも満足した表情を浮かべて、カフェモカをずずずと音を鳴らして飲んだ。

 その後、渡来は僕にあのねと言いにくそうに前を置きをすると、彼女は数学教師の飯田と付き合っていることを僕に告白してきた。

最初はそれは面白い冗談じゃないかと笑ってみると、彼女は飯田との馴れ初めを話し始めた。どうやらこちらはフィクションではなく、ノンフィクションみたいだった。

当初、彼女は純粋な数学の興味から彼と接触していた。しかし、次第に自分の知らない広大な数学の世界を知っている飯田に魅かれていくようになり、2人はどんどん時間と場所を変えて、放課後、喫茶店で会うようになったらしい。

そして、事件が起きたのは彼の自宅に行った時だった。いつも通り、渡来は飯田から数学の歴史から数学の公式について話を聞いていると、突然、飯田が渡来にキスをしてきたのだ。

渡来は怖くなって、両手で飯田を押し退けようと思ったが、それでも飯田は渡来に覆いかぶさって、あろうことか、渡来の胸元をまさぐり始めたのだ。

焦った渡来はお母さんに言いますと言い放って、急いで、飯田の家を出て行ったのだという。

それからというもの、飯田の渡来に対する態度は激変した。飯田は渡来と遭遇する度に、彼女に冷ややかな目を向けて来たのだという。

確かに、そう考えると、今日、あの温厚な飯田が突然ヒステリックな罵声を僕たちを怒鳴りつけてきたのも何となく理解できた。要は飯田は渡来と僕に嫉妬していたのだ。

 僕は一連の事情をカフェラテと共に飲み込むと、これからどうしたものかとまた頭を悩ませた。渡来は僕の頭を悩ませる。

渡来はどうしたいの?と僕は何気なく尋ねると、渡来は寄りを戻したいと切実に呟いた。

けど、あの人、結婚しているでしょ?と僕が返すと、渡来は愛は法外なものだからと凛として答えるだけだった。

僕はもう勝手にしてくれと思う気持ちと同時に人生は映画みたいには行かないなと月並みな気持ちを抱いた。

 詰まるところ、僕は世間一般の人々と同様にクリスマス前に恋人が出来るかなと淡い期待をしたものの、どうやら失恋したみたいだった。

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