『保温』
「いや転入初日からちょー大変で。なんていうか、視線と興味ってここまでぶわーっとくるんだなぁって感じしましたよ」
「暴力的、とか高圧的、みたいな感じか?」
「うーん、そこまで身の危険は感じなかったんですよね。かといって見下されているのも違いますし。というか視線にそんな表現使います?」
「今日初めて使った」
この学校は帰り道の寄り道は許可されている。昔は校則の厳しい学校もあったらしいが今では割と開放的だ。その理由として端末による個人の位置情報の把握や連絡が容易になったというのはあるはずだ。確かに携帯を持たない子がどこいったかもわからない状態が頻発するのは親からすれば生きた心地がしないだろう。
結局元の提案通りマックに俺たちは来ていた。俺はポテトLとダブルチーズバーガーを、火口ナナは単品のエッグチーズバーガーを注文する。
各々注文したものを回収して席に座ると周囲の視線がぎゅんと集まる……ことはなかった。『幻影』により火口ナナの髪の色と俺の見た目を大幅に変更したのだ。聞かれると面倒な話であるしこれくらいしてもバチは当たらないだろう。
「さて、監視の人はいないようですね」
「こちら側のか?」
「いえ、ジャーナリスト系ですよ。問題なのは外部に漏れる事なので」
火口ナナがウインクをしながら周囲を指さす。いつの間にか周囲には見えにくい膜のようなものが張られている。雰囲気からして結界系、恐らく音を遮断するタイプのものだろう。
店内は相も変わらず騒々しいがこの周辺の空間だけは別世界のようになっている。校門での会話もこれで周囲から音を遮断していたはずだ。
「システム外スキル、か」
「そんな呼び方格好悪いですよセンパイ~。鬼道術とかいろいろ名称があるのにぃ」
「……因みにその鬼道術とやらどうやっているんだ?」
「ええ、そんなことも知らないんですか~!政党だのなんだの頑張っている割に情報少なすぎません~?」
火口ナナの態度に若干イラっとしてしまう。顔はピカイチ、レイナさんとか琴音と並ぶくらいではあるがその真っ白で神秘的な雰囲気、相反する生意気というかからかう態度。
ひとしきり俺の事を笑った後ポケットから彼女は札、のようなものを取り出す。紙でできているはずだがその中身は大きく異なる。
20枚ほど紙が重ねられていてその間に幾何学的な文様になるよう何かの線が配置されている。魔物の素材を糸のように細くして特定のパターンになるよう加工しているのだ。一枚ごとにそのパターンは切り替わっており、その中心には何かの金属を流し込んだようなものがあり、枠は樹脂で固められている。
「この線が術式の指定を行って真ん中の感応金属で気を伝導させるんです。で、この紙が気を通さないのでそれぞれ個別の動作が行えるんです」
「気っていうのは魔力とか虚重原子の事だよな?」
「勿論。……ってその前に自己紹介すらできてないじゃん私~」
札をしまいながらペロッと舌を出しておどける。その後改まった様子で火口ナナは頭を下げた。
「一年生の火口ナナです。普段はこちら側で活動しながら『SOD』の諜報や作戦行動にも関わっています。好きなロケットランチャーはM72 LAW。ナナちゃんと呼んでください!」
「火口は何でそんな軽いノリなんだ……?」
「だって敵対する気はありませんから。あとナナちゃん、なーなーちゃーん」
「……火口」
「恥ずかしいんですか?えー折角こんな美女が仲良くしてあげようとしてるのに」
「それ言うなら美少女、だろ」
「勿論です!」
自信満々。自分の容姿に対する信頼は100らしい、取り合えず火口のおでこに少しづつ肉の文字が浮き出るよう幻影を調整しながら適当に話を進める。あと美少女というよりは美幼女?の方がイメージとしては近い。なんせちっこいし。
「いや、んなこと言われても殺されかけたばかりだぞ?」
「まあまあそこはうちのダンジョン破壊したのと合わせて±0ってことで」
「なるか。もし壊してなかったら何人死んだかわかったもんじゃなかったぞ」
「うわーん、センパイが鬼です~」
腹が立ったので某ヒーローの如く頬に赤い丸ができるように『幻影』を調整する。あれなんなんだろうな、アンパンにそんな部位は無いはずなんだが。
えんえんと嘘泣きをしている様子はさておきとして目の前の火口は本気で敵対する気はないらしい。今の会話からしても意地悪してやろうという感じはあっても敵意をのぞかせるわけではない。凄腕さんか、あるいは何かあってもそもそも知らされてすらいないか。
まあこちらからも自己紹介しないわけにはいかないのでゴホンと咳払いしながら声を出す。因みに今は肉30%くらい。
「四辻博人、二年生。趣味はゲームと動画漁り。夢は冒険者。最近嫌いなものは政府と『SOD』です」
「もしかしてナナたち嫌われてる!?」
おどけているがあのSAT相手に人数不利の状態で互角にやりあっていたのを忘れてはいけない。少なくとも琴音クラスの戦力は警戒するべき相手だ。
「嫌われてるってそりゃそうだろ」
「いやー何というか同族意識みたいなの、私たち薄くて。人間と私たちは別種族なのでそういうこと言われると確かにな、ってなるんですよ~」
「人間と鶏みたいなものか?」
「鶏かぁ、結構卵生の人多いんですよねうち」
何か変な情報降ってきた。確かにあのトカゲ男たちは生態が爬虫類そのままなら卵産むんだろうしそりゃそうだという感じではある。というかそもそも『SOD』って何なんだ?テロ組織、信者という点までは知っているが種族は違うし変な術持っているしで理解が追い付いていない。お前も触手足あったよな、どこいった?
頭を捻る俺を見てふふんと火口は胸を張り、そこで開け忘れてたハンバーガーの存在にようやく気が付く。
「あ、やば冷めた!?」
「それは残念」
「本当に……っていつの間にセンパイ『保温』なんて無駄スキルを発動してたんですか!」
「いや話長そうだから冷めないようにと。あとこれ便利なんだよ、弁当がホカホカ」
「私にも私にも!」
実は『アイテムボックス』用のヒーターとして導入したスキルだったりする。あの空間空気の循環が無いので換気やら気温調節やらをしなければならない。そこで換気の時にアイテムボックス入り口に『保温』を発動して希望の温度の空気と中を入れ替えてから閉じるのだ。
便利なことに1度単位で最低8度まで調整できるこのスキル、実は弁当屋のオリジンとかいて作ったんじゃないかと思う出来である。
そんな話はさておきとしてバーガーを互いに口に運びながら俺は改めて火口の赤い目を見つめる。透き通っているようで濁っているような相反する印象。そんな彼女は大きく息を吐いた後カバンから一枚の紙を取り出した。
「こちら入信希望書となりましてサインを頂けると、あ、ちょっとまって冗談ですから、本気で帰らないで下さい!ちゃんとあるんです上からの伝言が!」




