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ステルス

 夜9時。それを理解させてくれるのはスマホの表示だけで太陽もどきの光は相も変わらずカーテンの隙間から差し込み続けている。訓練の時間もメリケンサックの調整も終わりただただ瞼の裏を眺める時間、俺は一切眠ることができないでいた。



 スマホは今使えない。電波が若干でも通じることがSAT隊員の携帯を通じてバレると見つかるからだ。かといってオフライン保存した動画や漫画を読む気にもなれずただそわそわしていた。たった数時間のかくれんぼに精神がここまで削れるとは、サバイバルだなんて言っていた意味をようやく理解できた気がする。



 冴え切った眼を開くとすーすーと安らかな寝息をたてて壁にもたれかかりながら寝ている琴音が映る。思いっきりよだれをたらしている所を見るにしっかり休めているようで流石ダンジョンの専門家を自称しただけのことはある。



 恐らくレイナさんの動画も彼女が大いに手助けをしていたのだろう。最初の方のツンケンとした態度も頷ける、ダンジョン動画を手伝う仕事からSATから逃げ回る仕事に変貌したのだから。では何故彼女はここにきてなお仕事を投げ出さないのだろう――



「博人」


「っ急に起き上が」


「誰か来とる。静かに」



 突然よだれをぬぐい取り起き上がる琴音に驚く。眠っていたというのは全くの誤解だったらしく、俺の口を小さい手でふさぎ無言の時が過ぎる。



 そんな物音あるか?と思っていたが確かに耳を澄ましてみるとざく、ざくと明らかにゴブリンなどより体重の重い、そして頑丈な足の者たちが近くを歩き回っている音がする。これらの能力値は強いて言うならDEXか、それともMNDかはわからないがレベルの恩恵もあり辛うじて眠ることができている。



 だが琴音は寝ていたはずだ。その彼女がこの微かな音を聞きつけ目を覚ます? 一体どのような修練を積めば俺と同い年くらいでこういった立ち回りができるのか。



 一分、二分と長く引き伸ばされた、伸びた麺のようなゆらゆらとした時間を過ごす。そしてしばらくした後ようやくその足音が遠ざかり、聞こえなくなった。ようやく離してくれた琴音の手は俺の吐息で湿っていて、彼女の匂いが遠ざかってゆく。



「もう大丈夫や」


「良く気付いたな、寝ていたんじゃなかったのか?」


「寝てたで。ただ感覚の一部だけは研ぎ澄ましたままで疲れを無理やり分散するんや。結局脳に疲労はある程度残るけどそれは見張りに立ってもらったり囮を用意したうえで1時間も寝れば十分や」


「1時間は厳しくないか?」


「いや、例えば獣系の魔物を半殺しにしとくと寄ってきた魔物はまずそいつを殺して食べようとするんよ。完全に寝ててもそのレベルの物音には気づけるから、その隙に逃げて半殺しにして熟睡して……を繰り返して1時間分を確保するんよ」


「えげつねぇ……」



 体を近づけ耳がくっつくような距離で会話をする。琴音は気が抜けたような様子でコトンとこちらの肩に身を預けてきた。暖かさが床の冷たさと正反対にじんわりと伝わってくる。だから今この時しかない、と思い俺は意を決して口を開いた。



「あのさ、昼の話なんだけどさ。『仲間殺し』とか言われてたじゃん」


「……せやね」


「……だからその、なんというか」


「大丈夫や、言うから。うちだけ自己紹介せんのも不平等やからな。まあ結論から言うと」



 心構えをする。大丈夫だ、実は『血惨事件』の主犯ですとか言われても俺なら受け止められる……のか? でも大半のことは受け入れる義務もある、何故なら仲間になるんだから。



「実はうち、Mやねん」


「ぶふぅ!!」



 前言撤回したくなってきた。思わず噴き出したその音に誰か反応していないか周囲に気を配った後恐る恐る目を琴音に向ける。え。めっちゃアクティブで能動的でむしろそういうイメージとは真逆だったのに。



 まさか裏ではレイナさんとかに鞭でしばかれていたり……!? 琴音は俺の顔を見て全力で首を振る。顔がかなり赤く染まりながらこちらから少し視線を外して語る。



「そういう意味じゃなくてやな。3年前の時や。中学生の頃、うちは人を殺したんや」

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