棺桶
『再来月頃を目標に月面着陸を目的とする有人ロケットは打ち上げられるものと見られます。ご覧くださいこちらが――』
『皆主党は先日のステータス閲覧用アプリからの情報収集に対し抗議を送ったものの依然調査は――』
『27個目を破壊した犯人は未だに発見されておらず――』
冒険者ギルド内に入るとまず気になったのは多重に重なる音声だ。聴覚過敏の人は大変だろう、と思わざるをえないくらいあちらこちらでニュースやらTVが鳴り響く。ただしこれらは待っている人の暇つぶしという面や盗聴を阻害する目的もあるのでご理解を、ご不便な方には耳栓の貸し出しを行っていますと壁に張り出されているのが見えた。
あたりは外部の空き地と比較して異様に頑強で武骨な作りになっており、理由は勿論迷宮から魔物が溢れないようにするためだ。よく見るとあちらこちらにシャッターや重火器を取り付けるアタッチメントが存在している。
武器の話であるが銃は魔物に対して極めて有効である。ただし探索では使われない。というのも性質上極めて重量が大きく嵩張り、銃弾のサイズや素材の浪費量まで考えると馬鹿にならない金がかかるからだ。とはいってもステータスの低い冒険者や魔術師にとってはとても有効な武器であるのは事実だ。SATが使っていたのは銃という彼らにとって使い慣れた武器であるというのも理由の一つなのだろうけれど。
更に高レベル化が進むと魔術や身体能力のインフレに追い付けなくなっていき……という話は置いておくとして。ダンジョンから帰ってきた冒険者や今から入る冒険者の武器に思わず俺は見とれてしまう。
「あれは大剣で、向こうはなんだ鎌?にしては機械部分多いし……もしかしてあれ変形するのか!?」
「はいクールダウンや夢見るボーイ、急いでダンジョン入るで」
「夢見るボーイってなんだよ同い年の癖にさ」
「え、なんで年齢……ってレイナさん言っとったな。そこら辺の武器は正直博人が一瞬で作った幻装よりはるか下やから気にせんでええよ」
「最悪情報だ……。というか改めて考えると俺ら余りに互いの事を知らないな」
「せやな。まあそこも含めてこれからのサバイバルで深めていくで。……聞きたいこともあるやろうし」
そういってようやく手を離した琴音は俺に返事をさせる間もなくツカツカと入口へ向かう。ダンジョン入り口は金属製のゲートとなり完全に入り口とこちらで密封されている。小さなその扉からエレベーターで下に降りることでダンジョン1層に潜り込むわけだ。
機械にタッチしガラス越しにゲート横の受付に琴音は話しかける。にしてもなんださっきのサバイバルって?
「すみません、ダンジョンに入りたいんやけど手続きお願いできませんか?」
「……大丈夫かい?見たところ手ぶらのようだけれど」
「問題ないです、彼にちょっとダンジョンの手ほどきをするだけですんで。ほらこの子冒険者向けの学校でして」
どうやら二人は顔見知りらしく和気藹々と話しながら手続きをしていく。なるほど、ダンジョンに潜るための装備がない状態で一泊するからサバイバルなんて言っていたのか。しかし俺は自然学校以来そういったことはやっていないし、琴音はそんな腕があるのだろうか?
疑問を横に手続きは進んでいく。俺の学生証のコピーがとられ返却されるときに受付のおじさんとふと目が合う。怠惰に緩んだ眼が一瞬しゃきりとした後何事もなかったかのように「通っていいよ、気を付けてね」と視線を横に反らす。
ん…?と思いつつも目の前にある金属扉が開きふわりと春らしからぬ粘着質な冷たい風に気を取られる。琴音はスタスタと中にある大きなエレベーターへ入っていくとこちらを見てくいくい、と指を曲げた。
「ほらはよう、初めてちゃうんやろ?」
「そうだけれど冒険者になるって一つの夢だったからさ。何度来てもワクワクしてしまうんだ」
「まあその気持ちはわからんでもないな。んじゃここで雑学たーいむ。このエレベーター、どういう意味があるでしょう?」
「え、移動するためじゃないの?」
「残念、正解はエレベーターのロープを叩き切ってダンジョンの入り口を冒険者ごと封鎖するためやねん」
最悪すぎる、聞かなければよかった。確かにこのエレベーター、入ってみて気づくが異様に縦長だ。これはエレベーターを下に叩き落した時にきちんと入り口がふさがるようにするための部分でもあるのだろう。
ダンジョンという棺桶の蓋に乗せられて地下へ降下してゆく。朝7時まで残り15時間、逃走劇は最終局面に向かい走り出していた。




