力づく
光が収まり視界が『鷹目』で見た場所、総合東京病院の上に立つ。人に見られないようすぐに事前にチェックしていた川北総合病院、続いて目白病院と幾つもの病院の上を経由し体を転移させてゆく。ここを選んだ理由はシンプル、目立つ上に調べやすく上京してきた俺の目についた場所だからだ。続いて何度か転移、そして最後の場所にたどり着く。
新宿三丁目、ダンジョン区。国立第一冒険者専門病院屋上。かつての街並みはダンジョン生成と共に飲み込まれ盛り上がった巣のようになった小さな丘、そこに群がるコンクリートの群れがぞろぞろと冒険者から命と引き換えに金を吐き出している。
「魔力光を確認!」
「病院上!速やかに!」
急な光に目を覆う。地面やビルの屋上にいた男たちが夕闇の中ライトをこちらに照らしていて、銃器や刃物を持った者たちも急速に近づいてくる。恐らく雇われた冒険者たちと警察の混合部隊、ダンジョン内に転移するならば確実に一度周囲に姿を現すだろう、という読みなのだろう。
上でバタバタと羽音を鳴らす自由東向新聞社のロゴをつけたヘリコプターもこちらを振り向こうと頭をもたげていて、注目されては困ると『鷹目』をダンジョン内部に向かって発動する。
『ダンジョン内に直接転移することは基本不可能だ。だがそれはあくまで基本は、という話で君ならダンジョンの魔力抵抗をぶち破り無理やり行うことは可能なんだよね。ダンジョン入り口の防衛を無理やり突破するのも行けると思うけど、人を殺してしまうかもしれないよ。ああ因みに私は既にダンジョンに入っているからそこは安心してくれ』
実際ニュース上では本日全面ダンジョンへの入場禁止が告知されていて、防備を固められている。もし自分が国側だったら俺は迷うことなくそこに一般人を配置するだろう。今の俺の容疑は明確に定まっておらず、器物損壊というにはダンジョンの生成時点での土地所有者に権利があるしそもそも誰も傷つけていない。
だからここで殺人を犯させて容疑を固めてしまうのだ。そうすればもっと大々的に検査も逮捕も行えるから。
「現在地上に指定通りの鎧で現れました、あの男がダンジョンを破壊したのでしょうか!?ああ冒険者たちが確保に走っています!」
「『神速』……!」
「『ライトニング』……!」
自らに集まる視線に少し興奮する。これだけ直接注目を集めたのはいつぶりだろうか、そんな無意味なことを考えながらダンジョンの入り口からぐるり、と下に視点を移す。『鷹目』というスキルは疑似的な目を一定の地点に生成、その部分から視界を動かす、という形だ。
「見つけた」
空間。真っ暗闇ではなくダンジョンの恐らく第二層。その部分に向かって迷わず『転移』を発動し、その場からふっと消滅する。次の瞬間周囲の空気は一変、生ぬるい魔力とネオンの光が辺りを照らす。ダンジョンだ。
ダンジョンの中身は土でできた洞窟、が基礎ではあるもののあちらこちらにコンクリートとネオン、そしてかつて何かの看板だったらしきものが至る所に突き刺さっている。空気の温度は地下であるが故に冷たく、より光が冷たく感じられた。
これがダンジョン。周囲の物質と空間を飲み込み造り出された巨大な地下に広がる迷宮だ。飲み込んだ物質が環境に影響を与えており、例えば森を飲み込めば植物だらけの。火山を飲み込めばマグマだらけの空間になっている。
それは魔物に対しても、である。
「ゴブ」
通路の向こうから一体の魔物が姿をひょこりと現し、こちらを見て憤怒の表情を浮かべる。まさにゴブリン、と言いたくなるような緑の体色と小柄な体。だが体のあちこちには電子部品や鉄骨が突き刺さっており初めからその通りだと言わんばかりに主張する。
ファンタジーっぽいのかと思っていたらSFかよ、みたいな突っ込みがネットの至る所で起きていたが実際その通りだと正直俺も感じていた。
「ゴブっ!」
手に持つコンクリートブロックでゴブリンが俺に殴り掛かろうとする。ゴブリンのレベルは4、才能の無い以前の俺では対処は難しかっただろう。
有名な話だがある日格闘家の家に強盗が入ったという事件がある。恐るべきことにその侵入者は体重も格闘家より軽く、レスリングの実力はあったがそれだけにもかかわらず実に5分その格闘家と戦い続けた。
当たり前だが実力差は歴然、にもかかわらずそれだけ戦えた理由は精神的なタガが外れた、アドレナリンによる痛覚の遮断と限界以上の力を発揮できたことが大きかったと考えられる。
そして魔物は何故か冒険者の事を全力で殺しに来る。野生の動物なら無視という選択肢があるのに彼らは相手が誰だろうと殺す気で飛び掛かってくるのだ。
「『弱スラッシュ』……あ」
適当に手に取った金属棒でスキルを発動した瞬間衝撃波が辺りを支配した。4桁の能力値による暴力は当然の如くアドレナリンも肉も何もかも消し飛ばしてしまっていて。うわキモイ、達成感とか優越感よりなんかドン引きという気持ちのほうが勝ってしまう、最弱の技のはずなのに……。
若干グロテスクな、緑色の血から視線をそらしつつ足元に目を向ける。今の時刻は7時前、集合時刻まであと2時間もない。目的はダンジョン48層、深層と呼ぶにふさわしい部分にたどり着くにはその時間は少なすぎる、通常なら。
だが今の俺には大量の魔力とSTRがある。ならばやることは一つだ。
「『幻装:スコップ』」
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