始動
一日後、俺は金森レイナの誘いに乗ることに決めていて、時刻は夕方4時。学校が終わって直帰した後寮の中で一人ダンジョン出発に向けての最終準備をしていた。
俺の部屋は荒れ切っている。ゴミ屋敷まではいかなくとも足元にゴミが散らかり洗面台の皿も未だに洗えていない。面倒だから片付けない、そもそも自分が綺麗好きではないなどの理由も勿論ある。
それに加え友人がいないからここは本当の意味で自分だけの場所で、だからこそ人目を気にする必要がない。社会が人間を人間にする、まさにその通りだと思う自分と社会にとって都合の良い人間の間違いだろ、と得意げに語る自分がいる。
人間は社会性動物なのか。それならば森の中で誰とも関わらず一人過ごしている隠者は人間ではないのか。だからこそ仙人という言葉があるのかもしれない、人の利害や感情というものから一歩引いた人間と乖離した存在だとして。まあ少なくとも他人からの視線や評価が気になり続けている俺は社会性動物なのだろう。
そんな中で再度金森レイナの動画を開き、もう一度彼女の詳細な指示を確認する。
『幾つか準備をして欲しいことがある。私が君を27個目を破壊した男だと認識するための準備でもあるし当日に恐らく封鎖されるダンジョン内に侵入するための準備でもある』
SPは無限にある。が、片っ端から取れるわけではない。万に及ぶスキルの群れに対してそれは無謀であるしこれ以上のSPの取得がカンストしたせいでできないのならばなおさら慎重に扱う必要がある。このSP9999はどれだけ才能が有っても超えられないレベルによる暴力そのものなのだから。
「えっと、『転移』と『鷹目』は持ってるだろ。これがダンジョン内に力づくで転移する方法でダンジョンを掘り進むスキルが『削岩』……」
金森レイナからの指示はいくつかあった。まずこの動画をダウンロードしダンジョン内でも再生できるようにすること。次に指定されたスキルを習得すること。その中でひときわ奇妙、いや正しいのだが変な指示がこれだった。
ジョブ『幻闘士』のカテゴリに属するスキル、『幻鎧』。これを装備してきてから来てくれとのことであり、何と取得のためのSPは20。なるほど急にレベルアップした人間かSPを貯めた者以外取得できずこの時点で大きく候補を絞れる。
そしてこれを家の中で着こんでからバレないように10回ほど長距離『転移』を挟んだうえでダンジョン内に直行せよ、という指示だった。つまり今晩、謎の鎧男が複数個所に現れては消えるという異常事態が発生するわけである。
まあ別に鎧男にはなるのは良い。問題はこの集まりに複数人、少なくとも俺に好意的ではない人間がいてそいつらに俺の顔を知られないようにという配慮なのだろうということ。流石に警察がダンジョン内まで潜って捕獲しに来る……ということはないはずだ。48層というとかなりヤバい所で敵のレベルも数百に及ぶ。そういった所に命を懸けて突撃するよりは地道に転移個所から住所を割り出したりしてから数と権力で押しつぶしてくることが奴らの手段だし問題なさそうだけれど。
例えばマスコミや俺を勧誘、あるいは個人で殺しにこようとする勢力、あとは単に金森レイナのファン。そういった者の視線から俺の顔を隠すのが目的なのだろう。
「『幻鎧』」
そう宣言すると全身を魔力が覆い塊となり金属としてこの世に現れる。鏡を見るとそこにいたのは全身真っ黒な鎧に身を包んで誰なのかさっぱりわからない俺がいた。ひょいひょい、と手をあげたりしてみても特に重さを感じない。
『幻鎧』というスキルはMPを使用し魔力で編まれた全身鎧を作り出すスキルで、INTを参照して発動する。このスキルの強い所は数秒で超硬度の鎧を展開可能、持続時間は半日でありながらMPを追加で消費して傷ついた部分の修復が可能な軽い鎧であるという点だ。難点はSPとMPの消費が尋常ではなく、MPに至っては一瞬で1000以上削られていた。
まあ身を隠すには十分すぎる装備なのは確かである。出来に満足した俺は次々と必要と言われたスキルを習得していく。期末試験でもここまではするまい。
次に通話のできるワイヤレスイヤホンを耳に接続しようとし、ガツンと指を打つ。そういや鎧付けてたわ、と慌てて一部解除し耳にはめ込みついでに鎧の中に位置情報をオフにしたスマホを鎧の中のパーカーに仕込む。
さてこれで準備完了、っと改めて自分を確認する。必要なスキルは取得した、スマホの操作はきちんとしていて家の中もカーテンを閉め切っている。幸いにも明日は土曜日で一日いなくても怪しまれることはない。
時刻は夕方5時。指定通りの時間だ。付けていたテレビのコメンテーターが意地悪そうに語る。
「まあダンジョンコアを破壊し高レベルになった人間なんて歩く凶器なわけじゃないですか。警察に所属してるとかただ金目当てだとかならわかりやすいですが何も反応がないのは不気味すぎます。我々は暴力が理屈にのっとった方法で使用されるとわかっているから安心できるわけでして、方向性のない暴力はただの脅威に過ぎません」
ああそうなのだろう。取り合えず殺されたくない、でも冒険者としての昔の夢も叶えたいし大山たちを見返したくもある。今の俺は本当の意味で方向性がなく、ただ追われているという状況に流されているに過ぎない。
だからここで決めるのだ。金森レイナとの邂逅で自身の立ち位置を。
逸る胸を抑え最後にもう一度全てを確認、そして大きく息を吸って吐いてスキルを発動した。
「……『鷹目』『転移』」




