信心深い彼
生まれて初めて彼氏が出来た。
幾度かのデートを重ねて、もうこの人しかいないと思った。
だから峠の途中の、景色の良い道の駅の展望台で、彼にプロポーズを申し込んだ。
それから、結婚を前提としたお付き合いが始まった。
ただ、それには一つ条件があった。
彼はマイナーな宗教の信者だった。それに自分も入信する事だった‥‥‥
◆◆◆◆◆◆◆◆
「いただきまーす」
「‥‥ねぇ‥‥ どうして手を合わせるのさ‥‥?」
「え?」
「それは違う宗教の作法でしょ。食事の祈りは手を横に組むって、教えたよね‥?」
「あっ、そうだったね。ごめんなさい」
うっかりしてた、ついいつもの癖で。
これから気を付けないと‥‥
‥‥‥‥‥
「招き猫なんて置いちゃ駄目だよ‥‥」
「え?」
「うちの宗教じゃ、猫は縁起が悪いんだよ? こんなの置いたらお金じゃなくて不幸を招いちゃうよ。」
「そう‥なの?」
驚いた‥‥そんなことにまでこだわるなんて‥‥
私は彼の目を盗んで、鞄に入れていた御守りをそっと隠した‥‥‥
‥‥‥‥‥
「お葬式? 絶対に駄目!!」
「え!? どうして??」
「お寺なんて余所の宗教施設そのものだよ!! そんなところに行くなんて駄目に決まってるじゃないの!!!」
‥‥ここまで厳格だとは思わなかった‥‥‥ 婚約、考え直そうかな‥‥
「ごめんねっ、でもお世話になった先生のお葬式なの。 だからお願い! 今回だけは見逃して!」
「‥‥‥うん‥‥そっか‥‥ あっ、さっきコーヒー淹れたから、せめて飲んでいったら?」
あ‥‥良かった‥‥‥ 流石にこれは許してくれるんだ‥‥‥
少し安心して、コーヒーを口にした後‥‥‥ 私は意識を手放した‥‥‥
‥‥‥‥‥
‥‥気が付くと‥‥私は車の助手席にいた‥‥
外の光景は‥‥ あのプロポーズした、景色の良い道の駅の‥‥駐車場のようだった‥‥‥
ここも切り立った場所にあって、フロントウィンドウの向こうには、とても素敵な眺めが広がっている‥‥‥
意識がはっきりしてくると。あることに気付いた‥‥両手を後ろ手に縛られ、両足も縛られ‥‥さらに口もふさがれていることに‥‥
隣を見ると、彼がいる。
どうしてこんな事を‥‥‥ そう尋ねたくても、声にならない声しか出せない。
「あっ‥‥気付いたんだ‥‥‥ ごめんね‥‥でもこのままじゃ‥きっと君は地獄に堕ちてしまうから‥‥‥ だから、大きな罪を犯さない内に、早く天国に送ってあげないと‥‥」
‥え? わからない‥‥ 彼が何を言っているのか、本当に訳がわからない‥‥‥
「天国に行ったら‥‥一緒に幸せに暮らそうね。」
そう言って彼は、アクセルを深く踏み込んだ。