第二話 人
リリィは都市を見つけたことにより少しだけ体が軽くなった。見えない目的地へ向かうより、場所が明らかになった場所へ向かう方が気力的に楽に感じられたのだ。
「ようこそ、最後の楽園、聖都市へ! こちらが通行許可証です」
聖都市の入り口を警備する衛兵に歓迎されてリリィは聖都市に迎えられた。だが、名前を尋ねたり持ち物検査をせず即座に許可証を渡されたことに不信感を抱き、空腹とのどの渇きと疲労を我慢ししてリリィは歓迎してくれた衛兵に尋ねた。
「持ち物検査とかしないのですか?」
リリィの背中には大剣がある。他の街なら剣の使用用途について尋ねられたり誰がどんな武器を持ち込んだか記録したりしている。武器の没収などがされるのは基本的にあり得ない。武器はこの世界を生きるために必要な道具であり大切な財産でもある。防犯上武器の持ち込みは危ないのでは? と過去に何度も様々な場所で議論されたがどうせ街の中で武器が調達できるのだから回収しても意味がないという意見が多い。というか今のご時世、自分の身は自分で守れだ。
そもそも門番がいるような街は珍しい。
「はい、いざという時はこの都市の防衛機能が働きますので。あちらをご覧ください」
リザードマンの衛兵はそう答えると都市をグルリと囲む城壁を見るように促す。街の中心にそびえ立つ5つの塔の壁と同じような白亜の城壁は高さが3m程で地面から2m程の高さに水晶玉が埋め込まれている。等間隔に埋め込まれた水晶には大規模な魔力が通っていることを魔法使いであるリリィには分かった。見ただけでは詳細は分からないが攻撃的な魔法陣も組み込まれているのを理解し、少なくとも水晶が見える場所で不用意な魔法の使用と抜剣はやめようと心に留めておく。
「城壁の内側だけでなく外側、都市のあらゆる場所にあれが設置されています。罪を犯そうとするものを即座に見つけて気絶させるもので防犯率100%です。また、あれと連動している外的迎撃装置のおかげで神罰も乗り越えたんですよ」
その迎撃装置が何かは見えないがあらゆる国が滅びた流星群を乗り越えた実績は高く評価できる。それが防犯に役立つのかは不明だ。
「それなら安心ですね。それから……」
リリィは宿の場所や沢山食べることができる場所などを衛兵に尋ねた。どちらも街の中心付近にあるらしく少し歩かなければいけなかった。
「ありがとうございます……って肝心なことを忘れていた。この都市で通貨は使われていますか?」
「勿論使われている。とは言っても外から来た方なら一週間は衣食住は無料だからな。その許可証を提示すれば大丈夫だ。換金とかしたかったら一の塔に行けばいい」
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街の入り口から続く大通りは人で溢れている。夜ということもあり通りに面した店では酔っ払いたちが大声で会話していたり、喧嘩が始まったり、その喧嘩で賭博が行われていたりする。種族も豊富で人だけでなく衛兵と同じリザードマン、森の奥地に住んでいるはずのエルフ。他にも沢山いるが他では見たことがないほど多くの人がいた。酔っぱらっているからかメイド服を着て歩き回っているリリィには気づいていない。気づいていたとしても疑問に思わないのか、変人とみなされて関わらないようにしているだけかもしれない。
そしてリリィも反応されなかったことを気にはしなかった。気にする前に人の多さに棒立ちしてしまったほどだった。リリィの故郷の王都並みの人の多さだったのだ。それほどの人がいることが信じられないのだ。事前に情報として知っていても、外から少し見えていたとしても人類がこんなに生き残り、しかも馬鹿騒ぎして日々を楽しんでいることが夢のようである。
ーー早くこんな光景を取り戻したいな。
しばらく歩くと衛兵に教えてもらった酒場があった。だが他の酒場とは違いとても静かだった。店先に酔っ払いはおらず、中で乱闘している気配もない。まるで葬式を行っているかのような静けさがあった。だが、他の店とは段違いに美味しそうな匂いが漂ってくる。そのどれもが神罰の日以後、見ることすらなかった料理の匂いだった。
ーーこれってカレー、チャーハン、唐揚げ、キビヤック、焼きそば、焼肉、魚、うどん、餃子、スパゲティ……神罰の日以降食べれなくなったものの匂いがしてくる。
鞄に隠れていたラルも匂いにつられて鼻先だけ鞄から出す。余談だがカーバンクルの額に埋まっている宝石を手に入れると富や幸運を呼び込むと言い伝えられている。神罰の日以前はその言い伝えを信じた者たちによって乱獲がされて数が激変した。神罰の日以後は動物も数を減らしているため更に稀少な動物となった。そして、神という幻想状の存在が実在したことにより言い伝えを信じる者が増加した。
その結果、以前よりもカーバンクルを狙う者が多くなっている。その手段も大胆となってきている。目を離した内に奪う、飼い主を殺して奪う、白昼堂々とタックルかましてカーバンクルを奪う。権力者などは兵を動員して適当な罪をでっち上げて奪おうとする。リリィもラルを強奪されそうになったことが50回以上もある。その為、人が多い場所では鞄などに隠れさせているのだ。それでもカーバンクルがいることを見抜く者がいるので油断ならない。