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Role of the Star : Crecsent Moon  作者: 旧天
序章 思い出と記憶
1/5

プロローグ

彼女にとってその記憶はどんな記憶よりも大切で特別な記憶だ。


星明かりと月明かりだけに照らされた花園。世界中から集められた美しい花が咲き誇り、そよ風が吹くたびに心を穏やかにする香りがする。国旗にも描かれている鈴蘭、水仙、ヒヤシンス、椿、ヒガンバナなどが咲いている。庶民どころか貴族にも買えないような希少な花が多く咲いているのを見て、ここが王族に招かれた者しか立ち入ることができない秘密の花園であることを理解させられると同時に背筋が自然と正される。


彼女は王城指定のメイド服を身に纏っていた。メイド服を着ている、つまり使用人である時点で王族ではない。そして、たかが使用人が王族に招かれるなど本来あり得ないことだ。公爵家の当主ですら一生招かれることがない者が殆どである。


メイドは鏡のように綺麗に磨かれた石畳の上を歩み花園の中心へと向かっていく。夜ということもあり彼女の靴音以外は何も聞こえてこないことが、一層神秘的な雰囲気を出している。


そしてメイドの進む先に、花園の中心に彼女を招いた第三王女がいた。これから行う儀式の為だけに作られた礼服を身に纏っている。ドレスのように華やかではない。言うなれば教会の修道女が着る修道服のようなものだ。修道服と違うのは建国の時代から伝わる特別な技法によって金糸の刺繍が全体にされていることだ。この国の象徴でもある三日月と鈴蘭と剣が表現されている。


その金色の刺繍と銀髪月明かりによってが煌めき神々しく見える。そしてサファイアのように美しく深い青色の瞳。その瞳に見つめられメイドは王女の前に自然と跪いた。事前に跪くことは教わっていたが、それがなくても彼女は自分の意思で跪いただろうと内心思った。この方のためならばたとえ命を捨ててでも守るだろうと、そう思える熱意と覚悟の篭った瞳だった。


彼女とメイド以外誰もいない。誰にも邪魔されない為にこの花園に王女は呼んだのだ。つまりこれから行われる儀式が記録されることはない。故に今から行う儀式は公式のものではない。彼女たちだけしか知らない秘密の儀式。特別とはいえメイドを騎士に任命にする儀式であった。


王女は跪いた彼女の頭にそっと触れる。


「リリィ・ヴァレー・スターリィ」


王女はメイドの名前を呼ぶ。リリィは短く「はい」と返事をする。


隠世(かくりよ)に住まいし貴女が現世(うつしよ)に誕生したことに祝福を、そして貴女に出会えた幸運に感謝を。人を守り、国を守る貴女を私個人が独占して良い存在ではありません。ですが私には貴女の力が必要です。この国を守る為、国民の安寧の為、そして未来に為に、このアルハノ・グリムテルの騎士として忠誠を誓ってくれますか?」


王女ーーアルハノに問われリリィは上っ面の言葉ではなく心の底から思っていることを口にした。この場に来た時点で気持ちは固まっていた。


「忠誠は永遠に。私は貴女を守る盾となり、貴女の道を切り開く剣となり、いかなる時も貴女を支え続けると、この魂、この体に、この名前に、この国に、三英雄に、そして三日月に誓いましょう」


三日月に誓う。それはこの国では生半可な気持ちで言っていい言葉ではない。誓いを破ったら死んで詫びろと言われているほどである。


「私はリリィ・ヴァレー・スターリィ、この国を守護する者。ですが貴女の旅立つ日まで、この力を貴女の為に使いましょう」


リリィの誓いを、覚悟を受け取り、アルハノは触れていた手をリリィの顔前に差し出す。リリィはその手をそっと握り王女の手の甲に口付けをする。ここに誓いは成立した。


「リリィ・ヴァレー・スターリィ、貴女を私の騎士に任命します」


後に伝説となる筈だった主従が誕生したのを見ていたのは花園の花たちと空に浮かぶ三日月と星空のみだった。


************


そして、これは忘れたくても忘れられない記憶だ。


荒れ果てた草原でリリィは涙を流していた。自分の非力さを、三日月の誓いを守れなかった無力さを嘆いた。


リリィの周囲には精鋭の近衛騎士団が苦しんだ顔のまま亡くなっていた。彼らに外傷はなく、剣を抜いてすらいない。突然苦しみ命を失ったと言うべきだろう。周囲に血溜まりはなく


そしてリリィの腕の中には彼女が命をかけて守ると誓った王女の骸があった。騎士とは違い穏やかな顔をし、左胸にはナイフが刺さっていた。


そしてリリィの左胸も血に濡れていた。


リリィは空を見上げていた。普段の星空とは違い明らかに異物がそこにはあった。月よりも明るい光が数十個漂い、その何百倍もの小さな光が飛び回り地上へ落ちていく。落ちた方向は空が赤くなっていた。


星が燃えていた。


『この星で幸運にも生き残った人類に告げる』


唐突に声が聞こえた。聞いているだけで頭が割れそうになる不快な声だった。


『人間は信仰を忘れ我らの力を忘れた』


耳を塞ぎたくなるような声だった。


『我らが行ったのは神罰である』


それでも聞かなくてはならないと思ってしまう声だった。


『我々は神である』


恐怖を覚える声だった。


『我らを讃えよ。我らを恐れよ。我らを信仰せよ』


生意気な声だった。


『思い出せ。我らの栄光を』


うるさい声だった。


『10年後、再び神罰を行う。その時生き延びた者のみ新たなる世界へ導こう』


殺したくなる声だった。


声はそれ以降聞こえなくなった。地上に落ちていた小さな光は夜空へと戻っていき漂っていた大きな光は一際輝くと消えていた。風が吹き遠くから肉が焼ける臭いがしてくる。


生命が燃える臭いがする。


リリィは誰もいなくなった夜空を見上げた。髪に隠れてその表情は分からない。


「いつまでも見下ろしてんじゃないよ。自分たちが信じられていないからって滅ぼすなんて何様のつもりだ? 今更出てきて神? この星を支配しているのはお前らじゃない」


その声はリリィが今まで発した事がないほど憎悪、怒り、殺意が篭っていた。


「私が地獄に落としてやる! 侵略者ども!」


叫ぶように空に吠えた。その姿はまるで獣のようだった。大事な人を守れなかった。そして虐殺の理由があまりにも身勝手すぎる。


リリィの腕の中で永遠の眠りについたアルハノだけでなく周りで亡くなっている騎士も同じ主人を守る仲間として、友人として同じ時を過ごした大事な人だった。


誰一人として守れなかった。


三日月の誓いを守れなかった。



この日、この星の全ての国が滅び生き残った人類は僅かであった。生き残った人々は次は助からないだろうと諦め当てもなく彷徨う者、自決する者、廃人する者がーー怒りより恐怖が上回った者が大半だった。


恐怖に打ち勝つほどの怒りを持ったのは、一握りの者だけだった。そして行動に移せたのはその中でも僅かだった。


復讐を誓った獣はこの星の至る場所に現れた。


獣たちは復讐を果たすべく彷徨い続けた。


これはその一匹


後に三日月と呼ばれる獣の話である。

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