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詩雨の短編集  作者: 詩雨
詩雨のはなし
3/9

落ちて行って落ちていっておちていってループエンド

 おちていく

 おちていく

 おちていく

 オチテイク







 気が付けば、ふわふわふわと不安定な空気の中に沈んでいた。目の前には、カラフルな淡い淡いパステルカラーの数々。四角かったり丸かったり、不可解な形をしていたり。それがふわふわふわと浮かんでいる。


 空気なのだろうか。色のついた気体なのだろうか。綿か泡か雲か、誰にも分からない。自分の体を避けて浮かんでいるため、触ることも嗅ぐこともできない。この気体の奥には、真っ白で真っ白で、真っ白すぎて少し水色がかって見えるくらい真っ白な空間が広がっていた。とても両手では抱えきれない。


 ふと後ろを振り返ってみる。まるで花開く時を逆再生でもしたかのように、入り口が萎んでいくような気がした。あぁ、もう、この白い白い空間の中には、自分1人なのかと思うと、怖気より快感が先に溢れ出た。


 空中で動こうと思って、節々をゆっくりゆっくり動かしてみる。すると、何故だろうか。膝が前に出て、手が後ろに下がった。慌てて元の位置に戻そうとして、関節をぐるりと回す。


 勢いが付きすぎたのだろう。くるくると回って頭の中がゆらゆらする。先程頭があった位置に自分の腹がある。前の自分と今の自分を合わせると、ちょうど十字架になるな、としょうもないことを考える。


 勘か感覚か、はたまたこの空間の不可思議か、風景も空気感も何も変わっていないが、横になっているのが分かるのだ。あぁ、ある意味素晴らしい。などという、とてつもなくいらない考えを捨てようと頭を振った。


 瞬間。


 ぶおっ


 っと、背中から風が吹きつけてくる。今、自分は落ちている。考える間もなく分かった。四肢が上を向いて、白いシャツとデニム生地のボロいショートパンツがはたはたとはためいている。いや、バタバタと音を立てて、風が強い時にたなびく洗濯物より激しくはためいているのだ。へそも見えてしまうだろう。


 おかしいような正常なような、訳の分からない真っ白で真っ白な淡いパステルの空間で、1人、そっと――





 落ちて行く。











――窓の外を眺めると、そこには空が広がっていた。


 左右で、真っピンクと真っ青で塗り分けたような、眩しくて綺麗な空。大好きな空。


 夕焼けで、建物が真オレンジに煌いていた。――











 ふと、何かにぶつかった。クッションのように、体を抱きとめてくれる。見ると、それは明らかにこの空間から浮いた色をしている気体だった。真っ黒で真っ黒で、漆黒としか言いようがないような、黒い黒い気体。それに今、抱かれている。


 黒の気体は、ふわふわふわとじわじわじわと、元いた場所に、上に戻っていく。


 どれくらいたっただろうか。勘か感覚か、はたまたこの空間の不可思議か、風景も空気感も何も変わっていないが、元の場所に戻って来たのが分かった。


 刹那、黒の気体は消滅した。音もなく、不意に唐突に、ただただ光もしない微かな残滓を残して。でも、聞こえた。よくある、ぽしゅ、っという頼りないあの効果音が。


 考えた瞬間、再び体が沈む。いつしか、この感覚も楽しくなってきているようで、体は拒否もせずに落ちる。四肢が上を向いて、白いシャツとデニム生地のボロいショートパンツがバタバタとはためいている。へそも見えてしまうだろう。


 おかしいような正常なような、訳の分からない真っ白で真っ白な淡いパステルの空間で、1人、そっと――





 落ちてゆく。











――窓の外を眺めると、そこには空が広がっていた。


 空の一部を、鮮やかなピンクの細くたなびく儚くも感慨深い雲が取り巻く綺麗な空。大好きな空。


 夕焼けで、顔がオレンジに染まっていた。――











 ふと、あの黒の気体にぶつかった。座布団のように体を抱きとめてくれる。


 ……何かが、おかしい。


 違和感に気が付いた時には、体はもう上へと運ばれている最中だった。自分ではあまり感じないのだが、かなりのスピードで進んでいるようで、景色は変わらないのに早くてっぺんに着く。そして、先程と同じように、黒の気体は霧散した。


 そう、先程も霧散したはずの黒の気体が、また体を包んで上昇したのだ。消えてなくなったのではなかったのか?


 そこまできて、考えるのをやめた。もう、この真っ白のパステルの空間の中で考えるのはやめよう。ほら、もう体は落ちているのだから。幸福と風に身を任せて、今は、ただ。


 体からふっと力を抜くと、四肢が上を向いて、白いシャツとデニム生地のボロいショートパンツがバタバタとはためいている。へそも見えてしまうだろう。


 おかしいような正常なような、訳の分からない真っ白で真っ白な淡いパステルの空間で、1人、そっと――





 落ちていく。











――窓の外を眺めると、そこには空が広がっていた。


 世界のどこからか灰色の煙のような雲が空を今まさに覆い尽くさんと噛みつく綺麗な空。大好きな空。


 夕焼けで、自転車が異様に明るく光っていた。――











 あぁ、まただ。黒の気体を見ていないにも関わらず、また気配を感じる。


 思い切って、体を左に反転してみる。黒の気体に抱きとめられる寸前での出来事だ。これでは黒の気体も合わせられまい。


 予想通り、黒の気体は体に触れることなく、空気となって散った。左の視界の端でそっととらえて、また落ちる。今や体は前に倒れている状態だ。つまり、腹が必死で風を受けとめているということだ。可哀そうに。


 思わず笑みを浮かべると、四肢が後ろに向いて、背中側の白いシャツと太腿裏側のデニム生地のボロくなったショートパンツがバタバタとはためいている。背骨も見えてしまうだろう。


 おかしいような正常なような、訳の分からない真っ白で真っ白な淡いパステルの空間で、1人、そっと――





 おちていく。











――窓の外を眺めると、そこには空が広がっていた。


 絵の具の紺青色を塗りたくった中に白と水色を混ぜた、とにかく紺青の一言に尽きる綺麗な空。大好きな空。


 煌かせる夕焼けも、染める夕焼けも、光らせる夕焼けも、そこには何もなく、ただただただただ、夜闇の中に――














 黒の気体は命だったのか。


 それとも命のかたまりだったのか。


 淡いパステルの気体は思いだったのか。


 体はあったか。


 風を感じたか。


 怖かったか。


 真っ白でなく真っ黒だったか。


 顔はあったか。


 何かを話したか。


 動いたのはいつぶりか。


 空間の中で生きたか。


 生きていなかったのか。


 生きていたのか。


 自分は、あったのか。





 「わたし」は、いたか?





――――――――――――――――





 わたしを引き留める黒の命の努力も虚しく、わたしは、1人、そっと――





 堕ちて逝く―――――











「さよな」





    ら。


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