第19話『少しだけ変われる』
「嘘をつく人っていうのはね、自分自身に嘘をつくの。それは当たり前のことなの」
「う、うん」
嘘をつく、ということは自分自身が正直であるということは有り得ない。
何故嘘をつくのか。それは自分自身に嘘をついているから。
「ノコ。だったらさ、周りの人が嘘ついてるならさ、自分だけ紳士に正直でいたら面白くなくない?」
この言葉で、咲野の言葉で木原の中の何かが一気に崩壊し、青空が広がった気がした。
春から夏に変わるような、桜が散って鮮やかな緑色をした葉がつき始めるような、こんな素朴な例えしか出来ないような、感じ。
鷺ノ宮がユウスケのことを好きなのは確かだ。
ユウスケは鷺ノ宮のことを好きじゃないと言っているが、もしかしたら嘘をついているのかもしれない。
それが怖くて、憎くて自分が壊れた。
それは嘘に対して自分自身を正当化し、正直な自分でいたから。
前嶋が綾宮を脅したと言っていたのは確かだ。
ただ、その直後に前嶋は何故か脅したことを否定した。だけど、自分は嘘が怖くて前嶋を傷つけ、その場から逃避した。
あの時だって、あの日だって同じだ。
まだ中学生だった時のあの出来事の時もこうだった。
自分に正直でいすぎたのだ。
「嘘をつくのは悪いことだと私だって思う。でも嘘だ嘘だと言ってても人生面白くなくない?」
だったらそうだ。
周りの嘘に嘘をつけと。
あいつがこいつが嘘をついていると思ったら自分も嘘をつけと。
「⋯⋯たしかにそうかも。ただ、そう簡単にできるもんじゃないんだよ」
「⋯⋯ノコ。私から言えるのはこんなへっぽこな助言だけだけどね。確かに簡単な事じゃないかもしれない」
あの日のトラウマが簡単に消せるわけじゃない。
でも木原の心が少し、動いた気がした。
「私はノコが悲しい顔してるの嫌」
少しむくれている咲野。
怒っているようで怒っていないような顔。
その表情には何か込められているような気がした。
「⋯⋯じゃあ俺のどんな顔が好きなの?」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「へっぽこぴーな顔」
「何それ、めっちゃ嬉しい」
ふふっ、と同時に笑みがこぼれる。
普段笑わない咲野の笑顔。そして心のどこかで何かが変わった木原。
二人の笑い声が一部屋だけ明るい部屋を包んでいる。
「嘘だろ? 咲野。⋯⋯はははっ! へっぽこぴーってなんだよ。どんな顔だよ」
「ノコ⋯⋯。早速嘘に嘘ついてる。嬉しくないくせに」
咲野は木原のおでこに力いっぱいにデコピンをした。
痛がる木原だが、そこには少しだけ笑みが垣間見えた。
「⋯⋯よかった」
「ん? なんか言った?」
「言ってない」
本当に良かった。
咲野は少しだけ安心した。
不安そうな木原を見たくない。悲しそうな木原を見たくない。
あの日のトラウマを無くしてあげたい。
その一心だった。
咲野は木原を見つめ、笑った。
二人は会話に夢中で気づいていなかったが、長話の間に絶賛料理中だった肉じゃがが焦げてしまい食べれなくなってしまうのであった。
「ん? 誰からだろ」
冷凍食品の餃子をチンしている途中に滅多に来ないというか滅多に利用することの無いメッセージアプリから珍しく通知が来たのだ。
しかもそれは男子からではなくという女子という異例の事態。
「⋯⋯楠?」
同じクラスで滅多に喋ることの無い女子の壬生佐波 楠である。
何故木原が楠の連絡先を持っているのかというと、同じクラスになったその日の夜に突然向こうから追加してきたのだ。しかし、追加してきて挨拶しただけで話は全くしていない。
それなのに今更何故連絡を寄越してきたのだろう?
「⋯⋯ゲームの招待でも送ってきたんじゃ無いの」
「なっ⋯⋯違うわ!!」
メッセージの来た音に反応した咲野が流石だと思えるような鋭い一言を言ったものだから木原は危うくスマホを落としそうになった。
「と、とりあえず開いてみるか」
震える人差し指を移動させ、楠のやりとり画面に移動した。
楠『こんばんは木原くん。夜遅くに悪いんだけど、少しお願いを聞いてくれる?』
まさか、これは漫画やアニメなんかでよくある遠回し告白パターンなのか!?
と、ラブコメ観すぎな木原は早とちりで早くも興奮状態に陥ってしまった。
木原『うん。いいよ! どうしたの?』
「と、とりあえずこんなもので⋯⋯」
この後の楠からの返信が予想できない。
女子と会話する時の話し方はこんなので良かったのか? キモがられてないのか?
そう木原は思ったが、元々現実でキモがられているという事に気づいた。
「⋯⋯ノコ、電子レンジ止めて。うるさい」
「へ? あ、あぁ。悪い」
咲野に睨まれ電子レンジのボタンを押したと同時に楠からの返信が送られてきた。
木原は電子レンジの中の餃子をとる前に恐る恐るメッセージを開いてみる。
すると想像とは全く違う返信が返ってきたのだ。
楠『私たちの部活を救って欲しいの』
「え」
突然のSOSメッセージに木原はこの一文字を発することしかできなかった。




