変化
それは私にとって今までのアルバイトと少し違った彼女の話。
彼女が来るまでこの歯科には二人の歯科医、私の夫と息子が診療しているのだけれど、ここで働いてくれるアルバイトがいなかった。
正確に言えば、たとえ雇ったとしてもすぐに使い物にならなくなってしまうので、雇えなかったという方が正しいのだろう。
そのせいは半分夫と息子にある。
どうやら二人とも人に好かれすぎてしまうのだ。
夫は陽気な人でどんな患者さん、どんなアルバイトにも分け隔てなく会話するから、一度診療に来た患者さんはかならず好きになって帰るし、アルバイトたちも人生相談とかをしていると不思議とすっきりするらしく、休憩時間中の診療室は『お悩み相談室』となっているのだが、中には気づけば私がいるのに堂々と告白しているアルバイトもいる。
一方、息子は夫とは寡黙だけれど、なぜかそれが女性には好まれるらしい。夫とは違って口下手な息子は、自分の職務以外のことは面倒くさがって適当にあしらっているだけなのに『クールビューティー』とか言われ、アルバイト・患者さん問わず何人もから告白されている。当然、迷惑そうに眉をひそめるだけで、問答無用にフり続けてるんだけれど、中には何回も告白し続けてくる女性もいる。
そんな鹿野歯科では常にアルバイト同士、アルバイトと患者、患者同士で火花の散らしあいが起こり、トラブルを起こしたアルバイトや患者はそれぞれ出入り禁止にしたのだが、今度は歯科助手がいなくなってしまうという事態が起こってしまった。私も助手として入ってはいるのだけれども、限度というものがある。
とはいえ、トラブルを起こすだろうアルバイトを簡単に雇うことはできない。
そんなこんなでしばらくの間、アルバイトを雇わず一人で働きつづけたのだけれど、ある日、三月の終わりごろに転機が訪れた。
「よろしくお願いします」
そう挨拶する彼女はいわゆる一般的な女の子だった。染めていないだろう綺麗な髪の毛を一つにまとめ、春色のブラウスにシフォン生地のスカートを身につけている。第一印象としては上々。最初に電話でアポを取ったときもそうだったけれど、嫌味にならないくらいの丁寧さが彼女にはあった。
私は一目で彼女のことを気にいった。でも、気を抜いてはならない。そう脳内で理性がささやく。
それで何人のアルバイトに騙されたことだろう。
彼女の名前は由良美香というらしい。どうやらこの近辺の子ではないようで、四月からこの近くにある大学に通うために一人暮らしを始めて、今はアルバイトを探しているところだという。
いくつかの質問をして彼女の様子を探るが、そつなく答えていく彼女。これは本物なのか。それとも猫をかぶっているだけなのか。彼女は多分本物なのだろう。少なくとも今の状態では色恋沙汰で問題を起こす子には見えない。
そう私は確信して彼女を雇うことにしたのだけれども……――
「こりゃあ本物だわね」
彼女を雇いはじめてから半年後、そう私はぼやいてしまうこととなった。
なにを見たかって?
うちの息子が彼女に必死にアプローチしているのに、全然彼女、気づいていないんですよ。いつもというか、今までは診療時間終わったらすっと自室に戻ってくる子だったのが、診療時間終わっても戻ってこない。しかも、彼女が帰る時間には必ず偶然を装って、散歩に出かけようとするのだ。
ええ。あの堅物のうちの息子がですよ。
まったく女性にアプローチされても無視し続け、しつこく迫ってくる女性にはしっかり弁護士立てて対応していたあの子がですよ!? 夫も息子の変化に気づいているようで、診療がないときでもなにかと理由をつけて息子を見にいっている。
気づいていないのは彼女、美香ちゃんだけ。
彼女は(表面上は)スパルタ教育をしている息子に泣き言を言わずにしっかりと働いている。彼女にその気がなければ変態に近いことをやっている姿に私はおもわず引きそうになってしまった。
「ねぇ、政幸」
「なにか?」
ある日の診療時間終わり、息子に聞いてみようとしたのだが。
「あなた、美香ちゃんのこと……――ええと、その」
「好きですよ」
「ああ、そう……えぇ!?」
ズバッと聞けなく、しどろもどろになったけど、どうやら本当のようだ。
「とはいえ、少なくとも彼女が学生の間はなにも言うつもりはありませんし、もし彼女から好きな人ができれば身を引くつもりです」
「……――そう」
息子の決意に呆れるよりも感心してしまった。しかし、仮に彼女に好きな人ができたときにこの子が素直に引くのは思えなかったけれど……
「だから彼女が気づくまでの間、黙っててもらえませんか?」
「わかったわ」
その決意に私は黙らざるを得なかった。とはいえども、確かめておきたいことがある。
「ねぇ、ちなみにどこが好きなの?」
私の質問に政幸は即答した。
「毎日仕事なのにまったく弱音を吐かないこと、それ以上に勉強を頑張っていること、そして、若先生と呼んでくれること」
ああ、そうなのね。たしかに彼女があなたのスパルタ教育に必死についていっているのを見て、健気だなと思うんだけれど。
というか最後のはマジですか。
「まあ一番の理由は若先生と呼んでくれることですね」
「……あっそう」
本人がそう言うのならば、それでいいや。
「ちなみに彼女から好きって言われたらどうするの?」
「言われないようにしていますので大丈夫です」
「……――――」
この子ってこんな子だっけ。今でさえ小学校の先生あたりが見たら驚きそうだけれど、母親の私でさえ今まで見たことがない姿だ。
いや、なにも言うまい。しばらくの間、見物させていただきましょう。
ということで諦めて頂戴ね、由良美香さん?
遅くなりましたが、かざコン作者当て特典その1。遥さんからのお題「美香が若先生って呼んでいた時の初々しいときのもの」でしたが。
……ただのお母さんによる観察日記になってしまいました。
_(:3 」∠)_
一応いろいろ考えたんだよ、これでも。
とはいえ、
美香→そもそも自分からぐいぐいいかない(喋れない)
若先生→美香のこと好きだけど、身内以外には「寡黙」という仮面を取れない
なので、会話自体がなりたたないんですよね、原理的に。





