解熱
目をつぶったら、再び私は熟睡していたらしい。
次、気づいたのは夜だった。
「だいぶ調子がよさそうだな」
そう言って、夕食を持ってきたのは若先生だった。いつもと違って、ラフな格好をされていたが、それもそれでかっこよかった。
「はい。ご心配おかけしました」
夕食を受け取り、今日のバイトに穴をあけてしまったことをお詫びすると、
「いや、構わない。もう一晩、しっかり休め」
と、ぶっきらぼうに言われた。だが、診療時の雰囲気とは全く違う、柔らかな雰囲気が心地よかった。
大先生や奥様と違ってあまりしゃべらない人で、怒るとちょっと怖い人だが、今はそれくらいの距離がなぜか心地よかった。
「あ、あの」
夕食を置いて、部屋を出て行こうとする若先生に奥様が言っていたことを確かめたかった。
「なんだ?」
そのまま無視されるかと思ったが、気持ちの良い低音ボイスで聞き返してくれた。
「あの、昨日、私のせいで先生が焦っていたと奥様から伺ったのですが、何故、焦っていたのですか?」
その質問に、一瞬、うっという詰まった表情を見せたが、ぽつぽつと話し始めた。
「由良君が玄関前に倒れていた。自宅まで送っていくことも考えたが、そうすると、部屋に一人で残しておくことになる。君の雇い主である以上に、一人の男として、それはできなかった。
もちろん、君の部屋に上がってもよかったのかもしれないが、外聞上、あまり良くない。だから、こうさせてもらったんだ」
若先生の言葉に、驚いてしまった。
そんな理由があったのか、と。
「――――そこまで心配してくださって、ありがとうございます」
私のお礼に、若先生は私の傍まで来た。
「本当だ。心配かけやがって」
若先生はその言葉をかけると同時に、私の頭を強く撫でた。ここまで若先生の顔が近くに来ることはなかったから、突然の行動に何も言えなかった。
「もう一晩、寝てろ。食器は後で取りに来る」
そう言って、今度こそ若先生は出て行った。
奥様の手作りの料理はとてもおいしかった。
一人暮らしの私が、こんな『家庭の味』を食べるのはいつ以来か。
料理というものに、久しぶりに満足できた。
食べ終わった食器をトレイの上に載せ、一緒に添えられていた歯ブラシと歯磨き粉を使って、寝支度をした。
明かりを消すと、すぐに寝入ることができた。
翌朝、起きると、かなり体が軽かった。
相当な疲れがたまっていたのだろう。
朝、奥様が再び、部屋にいらっしゃった。
「もう良さそうね」
「はい。大変ご迷惑をおかけしました」
私は立って謝罪すると、奥様は良いのよ、と言ってくださった。
「うちにはあの息子しかいないから、女の子の面倒を見たかったのよ」
そう言う奥様は、優しく微笑んだ。
私が大学へ行くことを伝えると、それじゃあ、と言って、小包を持たせてくれた。
「良かったらこれ、食べて頂戴」
どうやらお昼ご飯まで用意してくださったようだ。
「すみません、何から何まで」
私はもう一度、頭を下げた。
「気にしなくて、良いのよ。今回は私もとってもいい時間だったもの」
奥様は玄関で別れる時まで、そう言ってくださった。
「じゃあ、今日はしっかり休んで、明日からまたよろしくね」
その言葉に、私は大きく頷いた。
「はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします」
私が一度荷物を取りに行くために、自宅に向かったが、その足どりは軽かった。





